第30話 コムギの手がかり

 神の肉体は丈夫だ。


 なので敢えて宿を取らずに行動し続けるとか、野宿して宿代を浮かせるって案もあったが……村を出る時にミールが持たせてくれた荷物の中に『旅費の足しにしてください』という手紙とお金が入っていた。

 折角ミールが持たせてくれたものだ。使わないままにしておくのは粗末に使うのと同じくらい不義理に思える。

 そういうわけで安い宿をとり、俺はここを拠点にコムギを探すことにした。


(コムギと村に帰ったら、ちゃんと働いて返そう)


 そう考えつつ、薄い布団ながら外よりは大分暖かい部屋で眠りにつく。

 風が窓を揺らして隙間風が吹いていたが凍えるほどじゃない。


(……ああ、けど、やっぱり野宿はやめといてよかったかもなぁ……)


 夢に落ちる間際にぼんやりとそんなことを思った。

 一人きりで風に晒されながら寝るのは、遭難し腹を空かせて震えて過ごした夜を思い出すからだ。

 それが原因なのか、俺の中で独りぼっちで過ごすことと空腹が紐づいていると気づく。もう二度とあんな気持ちになるのは御免だな。


 そんなことを考えていたせいで夢見が悪かったらどうしようかと思ったが、その日の夢はベッドサイズのふかふかパンを齧りながら眠る夢だった。


     ***


 ――それから数日。

 ネズミたちは存外細やかで、調査の経過報告を何度も挟んでくれた。

 野生では情報共有の有無が生死を分けるから、本能に染みついてる行動なのかもしれない。


 曰く、城をフロア毎に見て回っている最中であり、今のところ王族が寝起きしている場所と厨房には該当する人物はいないという。

 とはいえネズミたちは視力があまりよくないため、探す時は主に嗅覚を活かしているようだ。

 俺が今使っているカバンや衣服は食事処デリシアから借りたもの。

 人間と同じくらいの嗅覚しかない俺にはわからないが、ネズミたちには十分な判断材料になるらしい。


(でも、それってつまり日が経てば経つほど見つけにくくなるってことだよな……俺も効率よく探さないと)


 こうなったら身分を偽って城に突入するべきだろうか。

 捕まりそうになっても暴力が人間相手に行なえない世界ならどうにかなりそうな気がする。


(いやー……でもさすがに無謀か。せめて確実にコムギがあそこにいるって情報でもあれば忍び込むくらいはするんだが)


 城にいるのが確実なら多少のリスクがあっても向かえる。

 コムギを取り返して、もし追手があればフードファイトでいつまでだって相手をし続けよう。

 ……そうなる前に、何故コムギを攫ったのか理由があるなら訊きたいところだ。


(よし、今日はひとまず人間の集まりそうなところに行って、最近王族関連で変わった噂がないか尋ねて回ってみよう)


 決意を新たに街へと繰り出し、人が多いなら市場の方面がいいかな――と思って歩いていると、街中に教会が建っているのが視界に入った。

 そういえば神様が実在してる世界だけど、人間にはあまり認識されてないみたいなんだよな。そういう世界の宗教ってどうなってるんだろう?


 ミサとか集会的なことをやっていれば人がいるかも。

 そう思って中を覗くと、壁にかかる宗教画や太陽光で輝くステンドグラスがじつに……美味しそうだった。


(フ、フードファイトの様子や山盛りの料理、あと食べ物を頬張ってる様子の絵画とステンドグラス……!?)


 神々しいのに妙に場違いに思える。

 いや、しかし、そうか、食事を神聖視してフードファイトをあそこまで大切にしてるってことは、それが宗教観に基づいてたり逆に影響を与えててもおかしくはないよな。

 そう考えながら解放されている出入口近くに立っていると、シスターらしき女性が「もしよかったらどうぞ」とパンフレットをくれた。

 わざわざ手書きで量産されたものだ。


「……食事の神」


 そこに書かれた名前に俺は思わずそう口に出した。

 シスターは嬉しそうに頷く。


「最高神は諸説ありますが、我々が最高神と考えているのは食事の神です。その昔地上に顕現してありとあらゆる食にまつわるものを作り出し、そしてご自身も素晴らしい食べっぷりを披露したと言い伝えられています……って、これは学校で習いますよね」


 語りすぎてしまいました、とシスターははにかみながら笑った。

 スイハは食事の神なんて初めて見ました、って言ってたと思ったが――もしかして大昔にもいたのか?


(あいつらは地上にてんで興味がないみたいだったから、自分たちが生まれるより前に同じ神がいて、今も人間たちに尊ばれてても知らなかった……のかな?)


 それとも世代交代するタイプの神なんだろうか。

 不思議に思いながら俺はステンドグラスを見上げる。

 その頂点にナイフとフォーク、そして皿を紋章化したものが掲げられていた。気になって眺めているとシスターが「食事の神の紋章ですよ」と教えてくれる。


「神様に紋章があるんですか?」

「はい。祀られているものだけでなく、我々が把握している神々にはそれぞれ紋章があるはずです」

「そっか、なら俺にとっては家紋みたいなものか」


 え? と首を傾げるシスターに「か、神にとっては!」と言い間違いのふりをし、俺はそそくそとその場を後にした。

 自由に出入りできるものの今のところ集会をしているわけではないらしく、まばらな人数しか見当たらなかったからだ。

 ついつい好奇心を擽られて聞き入ってしまったが、早く情報収集に取り掛からなくちゃな……!


 そう思っていると、裏路地の陰から「ちゅう」と声がした。

 わざわざこちらに向けられた鳴き声のように感じ、俺は周囲に人がいないのを確認して裏路地へと入り込むと神気を広げて声の主を探した。

 そして――


『しろ、わたしたちみつけた』


 そう言ったのはゴミ捨て場に潜んでいたネズミだった。


「……っほんとか!? コムギを!?」

『ほんにんか、わからない。けどおなじにおい』

『いままでずっとへやのなかにいたみたい』

『きょう、ろうかあるいてた!』


 次々と顔を出すネズミたちに「城のどの辺にいる? どこへ向かったんだ?」と慌てて訊ねる。

 ネズミたちは城内ではなく、敷地の西側にある建物だと答えた。

 城は主に王族が公務や寝起きするのに使用しており、あとはそれぞれ所有者の違う塔や倉庫、庭、その他諸々何らかの施設や建築物が点在しているのだという。

 思ってたより広いな……。


「コムギはその建物から外には出なかったのか?」

『そのままべつのへや、はいって……すこししてからでてきた』

『もとのへやにもどったの』

『どっちのへやも、おしろのにしがわのたてもの。ちかくに、いいにおいのそうこがある』


 食糧庫の近く、ってことだろうか。

 案内してもらおうかと思ったが、どうやらネズミたちはそれからすぐに人間に見つかり、かなりしつこく追い回されたらしい。たしかに食糧庫が見える位置にあるならネズミを見つければ血眼になるってものだろう。


 俺ならともかくネズミにとっては命の危機だ。

 狩りもそうだが動物相手なら人間たちは攻撃するのに躊躇がない。


「……よし、わかった。あとは俺が直接動いてみる」


 探しに行ってくれてありがとうな、と俺はネズミたちに頭を下げた。


     ***


 神気を使えばもっと場所を絞れるかもしれないが、ひとつ心配ごとがある。

 村を出発した後もまだ人間相手には使ったことがないのだ。

 動物とは会話ができる程度だけど、小型ワイバーンの時のように別の効果があったらと思うと少し怖い。


(そこも上手いことコントロールできるようになれたらいいんだが……)


 それには動物の時のように実際にやってみることが大切な気がした。

 ただ人体実験みたいになるのはちょっとなぁ。


 なんにせよぶっつけ本番で頼るには危なっかしい力だ。

 森でコムギを探している時はつい焦って神気を広げてしまったが、そもそもコムギの属性もわからないのだから。人間の個人個人にも属性があるなら一大事だもんな。

 今は自力で忍び込む方法を考えるしかない。


 俺は道すがら買った肉汁の溢れる肉まんを齧って腹ごしらえをしながら、広大な土地を背にそびえ立つ城を見上――うわ、これ美味いな、後でもう三個くらい買ってこよう。


 そこへ空飛ぶ鳥の影が横切り、彼らに頼めば上から覗けるだろうか、とそこまで考えてやめた。

 鳥に頼もうがネズミに頼もうが犬に頼もうが、本来関係ないはずの彼らに危険が及ぶならこれ以上頼るのはやめておきたい。

 となると。


「……やっぱ自力で忍び込んで探すしかないか」


 俺は食べることには長けているが、べつに頭がいいわけじゃない。

 脳みそはただの十代の学生だ。

 ここで力技以外の良案がすぐ浮かぶ策士ならよかったんだが……こればっかりは致し方なかった。


 ――しかし次の目標ははっきりしたわけだ。

 俺は早速侵入できそうな場所の下見をし、荷物を纏めるべく宿屋へと走った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る