第33話 それはお前の主だから?
この世界に魔石という便利なものが存在していることは知っていたが、さすが王族の所有する屋敷。
侵入者がいるという一報が駆け巡るなり、蛍光灯もないのに屋敷じゅうに光が灯って明るくなった。どうやら燭台の他に非常時用にと専用の魔石が設置されていたらしい。
こういう時は一旦外に出て逃げるべきなんだろうが、他の窓は施錠されており正面玄関も警備が厚かった。そりゃそうだよな……!
結果、俺は兵士に追い回されながら屋敷の中をあてもなく走り回ることになった。
ついでにこうなったら少しでもコムギに繋がる情報を得ようと手当たり次第に部屋を開けていく。
兵士が開いているドアを見て「侵入者が中に隠れているかも」と無意味に警戒するという撹乱にもなったようだが、一階ですべて開け終える前に挟み撃ちに遭った俺は、二階へ続く階段を駆け上がるしかなくなってしまった。
(幸いこっちは疲れ知らずだし、怪我の心配もないから多少無茶な動きでもできる。だからなんとか逃げ切れてるけど――)
完全に逃げ場がなくなったらどうしようもない。
――いや、逃げながら考えていたんだが、ここは敢えて捕まってみるのも懐に入り込む策としてはアリかもしれないな。殴る蹴るの拷問はないはずだ。
それにもし捕まっても元は根無し草、何をされても口を割らなければ関係者に手が伸びることもない。
……ビズタリートには顔を知られているが、一国の王子がわざわざ罪人を見に来ることもないだろう。あいつが犯人でなけりゃだけど。
しかしこれは最後の手。
今はぎりぎりまで自分の目でコムギを探したい。
もちろん愚策だ。
無茶をしてるのは百も承知だが、ここまできたら引き返すより前に進みたかった。
「っの、ちょこまかと!」
「西棟から再び中央吹き抜けエリアへ移動中! 分散して追い込め!」
追ってくる兵士の数はどんどん増えている。
俺は吹き抜けから躊躇なく飛び降りた。後ろから素っ頓狂な声が聞こえる中、足から着地するが――うん、やっぱり星空から落ちた時の十分の一にも満たない衝撃だ。
そのまま兵士が見失ってくれればどこかに隠れてやり過ごそうかとも思ったが、一階にも兵士はいた。というよりも玄関方面から入ってきている。
(増援か……!)
そう考えながら手近な廊下に突っ込むも――前方からも兵士が現れ、ついに完全なる挟み撃ちという形で追い詰められてしまった。
足を止めた俺は左右を見る。
入れそうな部屋はない。ただ廊下が続いており、兵士の向こうに玄関ホールが見えるだけだ。
やっと捕まえられると確信した兵士たちはじりじりと俺に近寄る。
……ここでぶっつけ本番で神気を使うのは危ないよな、やっぱり。
この兵士たちも仕事をしているだけ。万一命でも奪ってしまったら俺はコムギに顔向けできない気がした。
だからといって暴力という概念を知らない相手に殴りかかるのは嫌だ。
更にはフードファイトに持ち込めたとしても時間がかかりそうだ。その間にコムギをどこか別の場所に移される可能性がある。本当にここにいれば、だが。
侵入前の考えと照らし合わせてみると考え足らずだったのがよくわかった。
どうにかしてコムギがここにいるかどうかだけでもはっきりさせたい。
そう考えたのと同時だった。
「……へ?」
流れるような動作で兵士たちの合間から現れた男がいた。
彼は数歩で俺に近づき、音もさせずにこちらの両手をロープで縛る。あまりにも自然な動きで違和感すら感じなかった。
慌てて男の顔を見る。
視界の端でしか捉えられていなかった男は黒いフード付きコートを着ており、加えて顔も仮面で隠されていた。性別くらいしかわからない。
俺を捕らえた彼はそのまま兵士たちを見る。
「殿下に報告を」
「は……はっ!」
新米らしき兵士が数人戸惑っている声が聞こえた。
しかし「殿下直属の部下だ」と先輩兵士に短く説明されて背筋を伸ばす。
直属、ってことはここにいる兵士たちよりも色々と詳しく知ってるだろうか。
「その殿下っていうのは誰だ? 第二王子か?」
「……」
ダメで元々だと訊ねてみたが、やはり返事はなかった。
――どうせ捕まるならカマをかけておいてもいいかもしれない。
「コムギって子がここにいるだろ。俺はその子を連れ戻しに来ただけだ」
「……」
「……なんて、それはもう仲間がやり遂げてくれただろうがな」
仲間? と男は怪訝そうにしながら兵士に確認を命じた。
無謀で愚策、それを真正面から行なった俺が『囮だった』という可能性を無視できなかったのだろう。
(ここにコムギがいる、って考えてる俺のこの言葉に反応するってことは――やっぱり屋敷内にいるのは確実なのか)
なら捕まるより見つけ出すのを優先したいが、どう抜け出そうか。
俺は「歩け」と吹き抜けのある玄関ホールへ行く指示を聞きながら考える。
兵士の数はさっきよりも少ない。きっと居もしない俺の仲間を探しに行ったのだろう。嘘だと八割は思われているだろうが、残り二割が不明瞭なら確認するしかない。
道中、直属の部下だという男がこちらを見ているのに気がついた。
「ここまでして危険を冒す理由は何だ?」
……意外だった。まさか向こうから質問してくるとは。
彼にとってはよほど気になることだったんだろうか。
「大切な子だからだよ。そんな子を攫われたら取り返しに行くだろ、普通」
「……それはお前の主だから?」
あるじ?
なぜそんな思考に繋がったのかわからず、俺はきょとんとしてしまった。
「主、って別にそんなこと――」
「恩を感じるようなきっかけがあったから主に定めたんじゃないのか」
話が噛み合わない。
彼は一体何を言っているんだろう。
そう眉を顰めていると玄関ホールが俄かに騒がしくなった。
今度は一体何だ、と視線を上げたところで――階段から駆け下りてくるふたりの少女の姿が目に入った。
片方は金髪のツインテールを揺らした女の子。夜だからか寝間着のまま走っている。そしてもう片方、ツインテールの子に追いかけられているのは短い黒髪に長く飛び出したひと房の毛、褐色の肌に青い目をした女の子――コムギだった。
「……っコムギ!?」
「シロさん!」
コムギの声だ。本物だ。
俺を捕えている男を見ると、なぜか彼は警戒するでもなく慌てて……いや、もっと正確に言うなら動揺していた。
理由はわからないがこの機を逃す手はない。
俺は大きく口を開くと、何の躊躇いもなく両手を拘束するロープに噛みついた。
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