第28話 イチミリアお姉さんの奢り
イチミリアの言った通り、王都には様々な魚介が集まっているようだった。
べつに市場を直接見に行ったわけじゃないが、料理店のメニューに様々な種類の魚介を使った料理が豊富なのだ。
メニューを眺めているだけでワクワクしながら時間を潰せそうだな。
魚介を使った料理は今までも何度か見てきたし、先日寄った村でもエビをご馳走になったが、王都のものは鮮度が違うのか生食できるものが多い。
イチミリアが案内してくれた料理屋『ロデ・マンジュ』にて、周囲のテーブルで飲食している客を眺めて俺はそわそわした。
海の魚の刺身がある。
しかも使用する醤油にもこだわっているようで、普通のものより少し甘い香りがしていた。刺身醤油ってやつだろうか。
「さーあ、今日はシロさんのお別れ会も兼ねてるから、このテーブルはイチミリアお姉さんが奢ってあげるわ。なんでも好きなもの頼みなさい!」
あ、でも全メニュー制覇とかは勘弁してね、とイチミリアは笑う。
気前のいい性格はやはり母親と似ているようだ。ここで断るのは余計に気を遣わせるだろう。俺はありがたく二品ほど料理を注文させてもらった。
ちなみにロデ・マンジュに団員全員は入りきらないため、同じ通りにある料理店の中から三~四軒ほどに分散して食事をとっている。俺のいるテーブルにはイチミリア、タージュ、シヤリがいた。
「あっ、タージュさんはいくら丼――っぅお、凄いボリュームですね……!?」
各々の手元に料理が届き、隣のタージュか受け取ったいくら丼を見て俺は目を瞬かせる。
山もり、とはまさにこのことだ。
昔、鮭の腹から卵を取り出す動画を見たことがある。想像の倍以上のいくらがどばどばと出てくるさまは圧巻だったが、このいくら丼はそれを直接受けたんじゃないかってくらい盛られていた。
良い意味で手加減がない。
「へへへ、驕りならこういう贅沢品も頼めちゃいますから!」
タージュの甘え方も手加減がなかった。
俺もいくら丼にするか迷ったが、ここは生魚と火を通した魚の両方を楽しみたいぞ! ということで片方は海鮮丼だ。
ちなみにこちらにもいくらは乗っているので味は体験できる。
「じゃあ俺も――いただきます!」
店特製の醤油を少し垂らし、白と赤のグラデーションが美しいブリと艶やかなトロ、紫蘇、そして白米をごそっと箸で持ち上げて口に運ぶ。
刺身の歯ごたえはしっかりしており、しかし舌の体温ですぐに形を崩すほど繊細だった。
ブリの甘みとトロの甘みは少し種類が違う。
二種類の贅沢を同時に口の中で味わっている実感が湧いた。
その広がるような味を紫蘇が後味として締め、そして白米の馴染みある味が覆ってくれる。最強のコンビネーションだ、と俺は一瞬噛むのを忘れた。二秒で再び咀嚼に戻らざるをえないほど美味しかったが。
「あー、冬の魚はやっぱ脂がのってていいわよねー。これが夜ならビールも飲めるんだけどなぁ」
リラックスした様子でイチミリアが顔をほころばせる。
「そういえばシロさんはお酒は飲まないの?」
「あ、えーっと」
そういえば縁がなかったし誰にも言われなかったから気にしたことはなかったけど、この世界の成年って何歳からなんだ?
そもそもいくつから飲めるって取り決めはされてるんだろうか?
(さすがにこれは「世間知らずなんですー」じゃ通せない質問になる可能性があるから、下手に訊けないな……)
さてどうしよう、と考えているとシヤリが口を開いた。
「シロって見た感じまだ若いだろ、この国は何歳から酒飲んでいいんだ?」
「そういやシヤリさんは隣国出身ですっけ。ウチは男女共に十七からですよ、貴族や王族だけ十六からですね」
俺は心の中で(シヤリさんナイス……!)と拳を握る。
なるほど、俺は生前十六歳だったから、この国なら来年には飲めるわけか。とはいえ感覚は日本人だし罪悪感でハタチまで待つかもしれないけど。
ちなみに話を聞くと、シヤリの国では日本と同じくハタチで解禁だそうだ。
「俺は、その、まだギリギリ飲んじゃダメな感じですね」
「そっかー、じゃあ楽しめるとしても味付け程度なのね。あ、私の頼んだ煮付けもお酒が使われてるのよ、ここの店長の実家で作った最高なやつ!」
味を知ってるってことはイチミリアは飲んだことがあるのか。
もしかして意外と呑兵衛ってやつだったりするんだろうか……?
けど適度にアルコールを楽しむのは良いことだと思う。
自分も飲めるようになったら色んなものを試してみたいな、多分この体ならアルコールは一滴も飲めませんってこともないだろうし。
俺はそう思いながら手元の唐揚げに箸を入れる。
カレイの唐揚げだ。
カレイは前世では煮付けが特に好きだったなぁ……甘辛いタレとほろほろした白身の取り合わせが好みだったのかもしれない。あと白米に合う。
時々卵を持っている奴に当たると少し得した気分だった。あの卵も身とは異なる食感がアクセントになってたと思う。
煮付けの場合、普通の魚って三枚おろしにすることが多いけど、カレイは五枚おろしが向いてるんだそうだ。
いや、まああれだけ他の魚と異なる見た目をしてるんだから当たり前っちゃ当たり前だけど、捌き方までこんなにも違うんだな。奥が深い。
「どうしたんすかシロさん、カレイの唐揚げの前で……なんか……その……殉教者みたいな顔して」
「いや、今まで以上に料理人に感謝しないとなぁと思って」
「それでそこまでの顔を……!?」
この唐揚げは丸々揚げてるものだから前述の煮付けみたいに捌く手間は少ないものの、絶妙な揚げ加減が職人の技を感じさせる。
揚げたおかげで外はサクサク、中はふっくら、そしてカボスとの相性も良いときたものだ。
骨まで食べられる調理方法って素晴らしい。
俺は何でも食べれるが、一般人が最後まで楽しめる形になってるのが何だか素敵に感じるのだ。
各々の料理を楽しんだ後、温かいお茶でも頂こうかと思ったところでイチミリアが店員を呼んで追加注文した。
しかもひそひそと。
なんだろう、と思っていると「折角だから奮発してあげる」とにやりと笑う。
本当になんだろうと届くのを待っていると――それは広く平たい皿に綺麗に並べられたフグ刺しだった。
「おお……フグだ……えっ、いいんですかこれ、すげー綺麗なんですけど!」
「いいのいいの、稼いでもなかなか使う機会がないから。良い食べっぷりの子に投資するのもまた一興よ」
「イチミリアさんってヒモに好かれそうっすよね~……ッいたたたた!」
タージュの耳を引っ張りながら「食べるの禁止令出すわよ」とイチミリアは凄む。
この世界でもフグは何人もの犠牲を出しながら食べる方法を導き出した食材らしい。
そう思うと土壌は違うものの、この食事特化の世界と日本には似た面が多いのかもしれないな。毒があってもどうにかして食べようっていう食への執着心とか。
努力による知識の賜物。
そんなフグ刺しを皆で楽しみながら俺は「皆さん、ここまでありがとうございました」と一足先に三人にお礼を言った。
***
――食事が終わり、他の団員にも挨拶を済ませ、タバサにも目的を果たすことを約束して。
ついに王都でひとりになった俺は、城があるという方角を見ながら深呼吸した。
コムギがいるとしたら城だろうか。他の場所に閉じ込められている可能性もあるが、攫った理由すらわからないんだから、まずはそこから当たってみるしかない。
とはいえ真正面から行っても中へ入ることすら難しいだろう。
(なら最初にやるべきは……)
俺は飲食街の裏路地をちらりと見る。
暗く、湿気っているがなんだかちょっと良い匂いのする不思議な空間だ。嫌がる人も多いが俺は嫌いじゃない。
そこに惹かれるのはなにも人間だけではないだろう。
俺は口元に笑みを乗せ、そんな路地裏へと躊躇いなく足を踏み入れた。
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