第27話 神様と恋バナ

 村を盗賊団から救い、再び王都へと向かい始めたタバスコメントサーカスは翌日には到着するところまで来ていた。

 トラブルの追加がなかったのは幸いだ。そういうおかわりは食べ物だけでいい。


「明日には王都、か……」


 移動の際、外で夜を明かす場合は馬車で就寝組と簡易テントで就寝組、そして焚き火の傍で見張りをする二人組に分かれる。今夜は最後ということもあり俺が見張りを買って出た。

 コムギがいるかもしれない王都。

 今どうしているのか。ちゃんとご飯は食べているのか。どうやって探し、救い出すのか。

 そんなことを色々と考えて眠れなかったので見張りには丁度いい。


「もしかして緊張してます?」


 同じく見張りをしているタージュが大きめの石に腰掛けて訊ねた。

 焚き火に揺れる外側にハネた髪の影を見ながら俺は笑う。


「ちょっとだけ。どうしても色々と考えちゃいますね」

「そういうもんっすよ。……あ、ならもっとお喋りして気でも紛らわせましょうか、ずっと訊きたかったこともありますし」

「訊きたかったこと?」


 なんだろう、無尽蔵な食べ方をしたことについて今頃訊ねられるんだろうか。

 タバサたちは「出し物のトリはシロで決まりだね」と笑うくらいで敢えて詳しいことは訊かないでくれている。が、未だに好意的だが得体の知れないものを見る目をしている団員もいるし、気になることがあるならここに違いない。


 しかし、


「えっとですね……コムギさんってシロさんの彼女なんっすか?」


 完全に予想外のことを訊ねられ、俺は思わず大きな声を出しそうになり――それをごくんと飲み込んだ。

 彼女。彼女っていうのは要するにあの彼女ってことでいいんだろうか。

 前世から縁のないものだったせいか頭が混乱した。

 本当に自分に向けられた言葉だったのかと今更になって疑ってしまったくらいだ。

 しかし、まあ、今ここで起きているのは俺たち二人だけなので疑いようがない。


「ち……違いますよ、ええと、テーブリア村に流れ着いた俺を迎え入れてくれた恩人なんです。そう、恩人! だから早く助けてあげたくて――」

「ははあ、彼女じゃなかったんですね。けど好きなんでしょう?」

「すっ!?」

「だってシロさん、見たことないくらい真っ赤っすよ」


 けらけらと笑うタージュの言葉に俺は慌てて頬を隠したが、時すでに遅し。

 白い髪が対比になって、頬の赤さを更に強調していることだろう。


 焚き火の反射のせいにしようか、はたまた恋愛話そのものに弱いことにしようか。

 そんなことが脳裏を過ったが、なぜか誤魔化す気になれなかった。代わりに自問自答する。コムギを嫌いか? と問われればNOだし、好きか? と問われればYESだ。

 そこにタージュが意図するような恋愛的意味が含まれているのかどうかはわからないが、それでも自覚できる部分はある。


「……ラ、ライクかラブか、とかそういうのはまだよくわからないんですけど、コムギが傍にいてくれると凄く安心するんです。笑っててくれたらもう最高です。だからその、好きなのは否定しません」

「あはは、青春っすねー」

「そ、そういうタージュさんこそ誰か好きな人はいないんですか?」


 仕返しとばかりに訊ねると、タージュは片眉を動かして視線を斜め上に向けるとしばらく考え込んだ。


「オレですか……尊敬してて何としてでも役に立ちたいって人はいますね」


 へえ、と俺は声を漏らす。

 答えが意外だったというよりタージュの表情があまりにも真剣だったからだ。

 俺みたいに口にするのを照れる段階はとうの昔に過ぎているらしい。


「昔オレがとんでもないことをしでかしちゃった時に助けてくれて、そのおかげで家族もバラバラにならずに済んだんです」

「それはまさに恩人ですね」


 俺にとっての恩人がコムギであるように、タージュにとっての恩人がその人なのだろう。


(サーカスでは新人だって聞いたし俺の知らない人物なのかな?)


 けど根掘り葉掘り訊くのはやめておこう。

 それに、うん、恋バナを蒸し返されても困るし!


 それから俺たちは見張りの交代時間まで声を潜めて話をし、俺は密かに「修学旅行の夜みたいだな」などという感想を抱きながら夜を過ごした。


     ***


 普段よりやや短い睡眠から目を覚ました後、焚き火を処理して簡易テントを畳んでから出発する。

 そうして進む道が徐々に大きく広くなり、枝分かれしていた道が一ヶ所に収束した頃――進行方向に民家が増え始め、やがてシームレスに『王都』と呼ばれる地帯に入った。


 門番等がいるのかな、デカい城壁とかあるのかな、と考えていたので少し意外だったが、そういうものは王族の住む城の周辺にあるらしい。

 サーカスは王都によく訪れる……といっても年に数回らしいが、なんにせよ常連らしい。


 安く部屋を提供してくれるよう専属契約を結んでいる宿に到着し、団員たちはやっと人心地ついた表情で馬車から下りた。

 さて、俺はここでサーカスの皆とはお別れだ。

 ちゃんと挨拶を、と思ったところでイチミリアがこちらへ駆けてくるのが見えた。


「シロさん! 皆でご飯食べに行きましょ!」

「えっ!? でも――」

「着いてすぐに開演準備をするわけじゃないからいいのよ、いつもまずは腹ごしらえからなの。それにシロさんが急いでるのもわかるけれど……昼ご飯、まだでしょ?」


 お腹が空いてちゃ見つかるものも見つからない、とイチミリアは微笑む。

 たしかにそれもそうだ。それに。


(……俺も最後にみんなと食事をしておきたい)


 ここまで世話になった人たちだ。別れる前に食卓を囲んでおきたかった。

 俺はこくりと頷くと、どこに食べに行くんですか? と訊ねてみた。するとイチミリアはなにやら含みのある笑みを浮かべる。


「王都って比較的海が近いし、各所から色んな食材が集まるの。保存技術も発達してるし魔法を扱える人も他所より多い」

「……と、いうと……」


 はっとする俺にイチミリアは親指を立てて言った。


「とっておきの海の幸料理、食べに行きましょう!」

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