第23話 サーカスの夕食

 一生懸命マッシャーで潰したジャガイモを一旦置いておき、みじん切りにした玉ねぎをバターで炒めていく。


 玉ねぎのみじん切りってやっぱりどこの世界でも涙でぐずぐずになるんだな……と俺は身を以て知った。せめて簡単に冷やすことができればよかったんだが。

 なんだか口の中までからくなったような気がしたが、バターで炒められた玉ねぎの良い香りを嗅いだら気にならなくなった。

 そこへ挽肉を加えて炒め、途中でポテトも合流させる。


 ある程度冷ましたそれを成形していくんだが、団員は全部で三十人以上いるため全員分ともなるとなかなかに大変だ。

 しかしこれでもサーカス団としては規模が小さい方らしい。


「いっつも思うんですけど、料理担当が四人って人員削りすぎじゃないっすかねー」


 大鍋に赤味噌を溶き入れながらタージュがぼやく。

 イチミリアは器用な手つきでひき肉とポテトを混ぜたものを丸型に成形しながら言った。


「他のみんなも休んでるだけじゃないんだから仕方ないでしょ、ショーに使う器具のチェックや馬の世話、馬車のメンテ、村人との交渉、練習……やることはいっぱいあるんだから」

「それはわかってますけど~。ほらシロさんも思うでしょう、せめてあと二人くらい欲しいなーって」

「いや、サーカスも大変でしょうし……それに四人でこうしてせっせと料理を作るの、楽しくて好きですよ」


 これは本心だ。

 誰かと協力して料理を作るのは楽しかった。

 コムギを連れ帰ったら何か一緒に作ってみたいなと思っている。高確率で失敗するとしても、それはそれできっと楽しい。

 タージュは俺からの助け舟がなかったことにしゅんとしつつも毒気を抜かれたのか肩を竦める。


「わっかりました、まあオレも楽しんでないわけじゃないんで頑張りますか」

「そうしなさい、こっちも美味しいもの作れるように頑張るからね」


 イチミリアはにっこりと笑って油を温め始めた。


 メニューを大人数に向いた鍋物にしなかったのは座長であるタバサの好物がコロッケだからだ。

 初めて作るものだし、折角だから恩のあるタバサの好きなものにしたいと発案したところ、イチミリアが快く教えてくれたのだ。


 サーカスに同行してから知ったが、タバサとイチミリアは母娘らしい。

 たしかにイチミリアの方は一房だけ白っぽい色をした赤い髪だが、それ以外の色や顔つきはよく似ている。

 彼女の言う好物なら確実だろう。


 食事の準備が整い、テーブルについたサーカスのメンバーはそれぞれ好きなものから手をつけて口に運んだ。

 俺も自分たちが作った料理を前にしみじみとしながら手をつける。

 なんだか娘を嫁にやる気分だな……食事の席でこんな気持ちになる日が来るとは思ってなかった……。


 まずコロッケの前に赤出汁の味噌汁を一口。

 普通の味噌とは違った独特の、しかし美味しい塩味がする。温かさがジンと舌から浸透してくるみたいだ。

 それが短冊切りにされた油揚げにもしみ込んでいる。

 タージュたちは味噌を入れる前にきっちりカツオと昆布で出汁を取ったらしい。シンプルに見えて手の込んだ料理なんだよな、味噌汁って。


 そう感慨深げに思いながら、俺は白米と一緒に赤出汁味噌汁を咀嚼した。

 米の甘みが加わってさっきとは別角度から味覚が刺激される。食べながら唾液が出てるのがわかるくらいだった。


(やっぱ心は日本人だから米を食ってると心の満足感が強いな……まあどんな料理でも毎回満足してるんだけど)


 自然とにやけつついそいそとコロッケを割ってみる。

 ほわり、と立ち上った湯気の向こうにポテトと挽肉、みじん切りにされた野菜が見えた。ポテトは少し塊が残っていたが、そこはご愛敬ってことで容赦してほしい。


 一口目は野菜サラダと一緒に。

 フレッシュな野菜と噛んでも味が薄くならない。うん、俺好みの味付けにできた。

 ちらりとタバサの方を見ると、なんだか孫を前にしたような表情で口に運んでくれていた。……嫁に出したんじゃなくて孫を遊びに連れてきた感じだなこれは。

 わかる、と思いながら二口目は白米と一緒に掻き込み、次はコロッケ単体で味わった。熱いけれどそれが癖になる。


「シロさんシロさん、成功してよかったっすね!」

「はい、それにみんなと料理するのも楽しかったし大成功ですよ」


 隣の席から肩をつついてきたタージュに笑顔でそう返し、俺は再びお椀を持っ――たところで、さっき全部飲み干してしまったことに気がついて「あ」と声を漏らした。

 それを見たタージュが一瞬考え込み、そっと俺に自分のお椀を差し出す。


「半分しか残ってないですけど、よかったらどうですか?」

「へ? けどそれはタージュさんの分じゃないですか」

「いや、じつはここだけの話、作ってる最中にちょこーっとだけ摘まみ食いしちゃったんですよね」


 一体いつの間に、と俺は目を瞬かせる。

 タージュは悪戯っぽい笑みを向けると「なので遠慮なくどうぞ!」と言った。


(うーん、そういうことなら貰ってもいい、のかなぁ……)


 おかわりはあるものの他の団員を優先したい。

 俺はお言葉に甘えてタージュの味噌汁を半分貰うことにした。

 皿の上はほとんど片付き、最後の締めの一口といった形だ。お茶で締めるのもいいけどこういう締めもいいものだよな。

 笑顔で味噌汁を飲んでいると隣でタージュがこちらを凝視しているのに気がついた。というかむしろ目を丸くしている……?


「あっ、すみません、もしかしてやっぱ少なかったんじゃ――」

「え? ああ、いやいや! えーと、その、最後まですげー美味そうに食うんだな~と思って」


 驚いたのか片眉を上げたタージュはそう取り繕うように言った。

 改めてそう言われると何か照れ臭いな……と思いながら俺は笑って答える。


「俺、食べられる物は全部大好きなんで!」

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