第22話 自分のための料理と他人のための料理
馬車で三日ほど進んだ頃に見えてきた村。
そこで馬を一日休めることになり、タバサから「場所を借りることが出来たらちょっとした出し物をしてくよ」という説明があった。
馬もいくら走り慣れているからといって何日も働かせ続けると使い物にならなくなる。休息日はメンテナンスの一つで、旅の日程に組み込まれているそうだ。
すぐに王都へ向かえないのはもどかしいが、土地に詳しくもないのに徒歩で進むよりは遥かに早く着くと思えば仕方ない。
馬だって旅の仲間だし、酷使しすぎるのもいけないしな。
道中で立ち寄った先々で行なう出し物は普段の公演と違いお金は取らない。
サーカス団の移動ともなるとどうしても大荷物になる。テントも畳んだって大きい。それらを置かせてもらったり大人数で押し寄せることを許してもらうための、このサーカスの習わしだそうだ。
「……? そういえばあの人は?」
着いた初日はもう夕方から夜に差し掛かるところで、出し物は明日の昼に行なわれることになっている。
宿に向かおうと荷物を纏めているところで大きな長方形の箱――というか小型のタンスのようなものを担いだ男性が馬車から下りていくのを見かけて俺は首を傾げた。宿とは別の方向だ。
タバサからサーカス団員の面々に紹介はされたが、一気に全員の前でだったため名前や役職を知っている人はまだ一握りだ。
「ああ、あの人は行商人ですよ。オレらと契約して優先的に物を卸してくれる代わりに、こうして同行して行く先々で商売するんです。ほら、単身で移動すると危ないっすからね」
「なるほど、たしかに集団の方が安全ですよね」
行商人ともなると商売のための価値ある品々だけでなく売り上げもそのまま持ち歩くことになるだろうから、悪党がいるなら良いカモになりそうだもんな。
(例えば力づくで強盗とか——)
「審判不在、居てもあっちに有利なルールのフードファイトを挑まれて身ぐるみ剥がされちゃ堪ったもんじゃないですし」
(ああ、そこもそうなるのか……)
この世界での戦闘行為は口論や遊戯以外は大抵フードファイトに依存している。
慣れたつもりだけど略奪行為までフードファイトだと不思議な感じがするな。もちろん結果は力づくで奪われるのと変わらないんだが。
そんな気持ちになっているとタバサの呼ぶ声が聞こえた。
「シロ、タージュ、アンタたち今日の食事当番だろ!」
「ヤッベ、忘れてた! ほら行きましょう、シロさん!」
タージュに急かされながら俺たちは調理器具を馬車へと取りに走る。
サーカスでは四人一組の食事当番が決まっており、日替わりで担当が変わっていた。今日は俺、タージュ、イチミリア、あとは若手の団員一人が担当だ。
自前の材料を使う代わりに厨房は宿のものを格安で借りることができた。大人数の宿泊客は大歓迎だが食事を付ける場合は手が足らなくなる。そのため料理は客側で行なってくれた方が宿も助かるそうだ。
村や街に居る時は三食のうち一食二食はその土地の食事処を利用するが、それも数ヶ所に分散したり時間をずらす。
とはいえこれは団員が自分の食べたいものを求めて勝手に分散しているのもあるらしいが。
準備を整えた俺たちは借りた厨房で調理を開始する。
(朝と昼も作ったけど未だに緊張するなぁ……)
この世界へ来てからはもっぱら食べる専門。
前世でも簡単な料理くらいならできたが、それは自分が食べるためのものであって、誰かのために作るという経験は薄かった。自分のための料理と他人のための料理ってこんなにも違うんだな。
今夜のメニューは炊き立て白米とコロッケと野菜サラダ、そして赤出汁味噌汁の予定だ。
俺とイチミリアはコロッケ担当となり、今はせっせとイモの皮剥きをしている。
「シロくん、サーカスにはもう慣れた? っていってもシロくんが来てからまだ一度も公演してないけどさ」
「あっ、はい、皆よくしてくれるんで」
長距離移動と集団行動。
前世を含めても稀有な体験の真っ最中だが、団員はみんないい人たちばかりでストレスはなかった。
イチミリアは「よかったー」と笑いながらジャガイモの芽を取る。
「やっぱり色んなところを転々とするでしょ、合わない人はすぐに体調を崩したり精神的に参って辞めちゃうのよね」
「苦手な人は苦手そうですもんねー……」
「そう。あっちの新人組は優秀だけど」
イチミリアはそう言ってタージュたちの方を見た。
新人組……? 纏めて指しているってことはもしかしてタージュも新人なのか?
その疑問が顔に出ていたのか、イチミリアはくすりと笑って言った。
「タージュも数ヵ月前に入団したところなのよ。馴染んでるでしょ」
「はい、……へー……もっと古参なのかと思ってました」
「ふふ、組んでる新人より実は後輩。けど知識はしっかりとあるわ、何かわからないことがあったらタージュに聞きなさい」
もちろん私でもいいけどね、とイチミリアは笑みを浮かべたまま自分を指した。
王都までの同行だけれど仲間として受け入れられてるのをひしひしと感じ、俺は嬉しくなって皮剥きの手を早める。
そして――
「ッイテ!」
「あら? 切った?」
――わかりやすいヘマをした。
少し離れたところで味噌を用意していたタージュたちも「どうしたどうした」と寄ってくる。
「ああえっと、ほんのちょっと切っただ……け……、あー……その、き、気のせいだったみたいです、すみません!」
「気のせい?」
俺はまったく傷ついていない指を見て笑う。
いや、うん、そうだ。空高くから落下しても傷一つ負わない神が包丁で指を切るはずがない。
さっきは見事に手元が滑って「これは完璧に切った!」と前世の感覚で思ってしまい、思わず声が先に出てしまったのだ。恥ずかしい。
タージュは安堵しつつも片方の眉を上げて言った。
「んもー、次はマジで切るかもしれないから気をつけてくださいよ」
「はい、すみません……!」
「アンタも気をつけるのよ、タージュ。お湯がマグマみたいに沸騰してるわよ」
「っうわヤベェ!」
そう慌てて鍋の元まで駆け戻る姿を見て笑い、俺たちは夕飯の準備を着実に進めていったのだった。
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