第21話 見送りサンドイッチ

 一旦引き返した俺たちは村長と共に帰宅していたミールを交えて相談し、直接王都へ出向いてみようということになった。


 すぐにそう結論を出せたのはシカ以外に人間の目撃者がいたというのも大きい。


 俺の話を聞いた村長が聞き込みをし、雨が降る中でかくれんぼをするという野性味溢れる遊びをしていた子供たちが走り去る馬を見たという話が出てきたそうだ。

 その馬は目にも留まらぬ速さで走り去り、最後には飛んだように見えた。魔馬の存在を知らない子供たちはオバケだと思って言い出せなかったらしい。

 確かに見知った動物が突然爆走して飛んでいったら怖いよな……。


 では誰がどうやって王都に出向き、どのように調べるのか。


 話し合いは夜まで続き、そんな話になったところで挙手したのが――公演を終え、様子を見に来てくれたタバサとタージュのふたりだった。


「アタシらの目的地は王都なんだ。もちろん仕事はしてもらうし途中で他の場所にも立ち寄るが、一人くらいなら連れてけるよ」

「ほ、本当ですか!?」


 ミールは嬉しそうに目を輝かせる。

 その姿を見てタージュがにこにこと笑った。


「オレが口添えしたんですよ。なんか深入りしすぎかもしんねーっすけど」

「いえ……! いえ……! ありがとうございます!」

「そこで誰を連れてくかっていう話なんですけど――」


 ミールは「自分が王都に出向いて娘を探しに行きたい!」と顔に書いてあったが、空気を吸い込むだけ吸い込んで結局その言葉は出てこなかった。

 代わりにゆっくりと息を吐いて俺の方を見る。


「……シロさん、王都へコムギを探しに行ってはもらえませんか」


 タバサたちと同行できなくても自力で王都まで向かおうと思っていたので渡りに船だったが、俺は即答できなかった。

 俺はまだ世間知らずで一人で王都に向かっても失敗するかもしれない、というのもあるが……ミールがどれだけコムギを心配し探したいと思っているかわかるからだ。

 しかしミールは俺の両肩を掴んで続けた。


「もし、もしも万一、王族とフードファイトなどということになったら……この村で勝つことができるのはシロさんしかおりません」

「ミールさん……」

「それに……コムギも私が店を閉めることは望んでいないでしょう。不在の間、この店の用心棒は――」


 ミールの言葉を継ぐように、話し合いに集まっていた村人たちが声を上げる。

 その声は老若男女様々だった。


「私らでなんとかするよ!」

「俺もこう見えて結構食えるんだぜ、シロ坊には負けるけどな」

「村の厄介者は説得、村の外の厄介者にはみんなで対応する。だから行ってきな!」

「コムギちゃんを宜しく頼むよ、看板娘がいないと寂しいからね」


 更には俺が不在の間も念のため捜索は続けるという。

 食事処デリシアは、そしてコムギはこの村に愛されていた。それがわかって嬉しくなる。


「わかりました。俺、王都に行ってコムギを探してきます!」


 この人たちの期待に応えたい。そんな気持ちを籠めて頷く。

 宜しくお願いします、とミールは目に涙を溜めて俺の両手を握った。


     ***


 出発は翌日の朝。


 即行動した方がいい、というのもあったがタバスコメントサーカスは公演後はこうしてすぐに次の土地へ向かうのがデフォルトなのだという。なかなかにハードな生活だ。

 村のみんなに見送られ、サーカスの馬車に乗り込んだ俺はガタガタと揺れる車内に目を白黒させながら王都レイザァゴへの旅を始めた。


「ん? それ弁当っすか?」


 投げナイフ芸に使う装飾品のようなナイフを磨きながらタージュが俺の手元を覗き見る。

 竹のようなものを編んで作られた箱。蓋を開くと入っていたのはライブレッドを使ったサンドイッチだった。


「はい、ミールさんが道中どうぞって持たせてくれたんです」

「あっはは、朝飯は食ってきたんですよね? 今食ったら昼飯が入らなく――って、そうか、王族に勝つくらいだもんな、その心配はないか……」


 うん、三食のどれかが入らなくなる、なんて俺には縁遠い話だな。

 コムギのことを思うと不安で息が詰まりそうになるが、喉が詰まらないのはやはり食事の神というか俺らしいというか。けど自分のせいで俺が飯を食べられなくなる姿なんてコムギも見たくないんじゃないかなと思う。

 ライブレッドのサンドイッチは胡椒をまぶしたハムとチーズを挟んだもの、マヨネーズ多めに和えたマッシュポテトを挟んだもの、潰したかぼちゃとバターを混ぜたクリームを挟んだものがあった。それともう一つ。


「なんだろこれ……?」

「あ、半分にカットされてますけど芽キャベツじゃないっすか?」


 タージュの言う通り、小さな手の平サイズのキャベツのようなそれは芽キャベツだった。

 ガーリックの良い匂いがする。

 からしマヨネーズもかかっており、キャベツだが食べ応えがありそうだ。俺は「いただきます」とミールに感謝しながらそれにかぶりつく。


 芽キャベツは普通はキャベツの甘みに加えて少し苦みがあるものなんだが、ソテーの仕方と味付けが工夫されているのか緩和された苦みがアクセントになって美味しい。

 更にガーリックのパンチの効いた味とからしマヨネーズのピリッとした味がそれを補助していた。


(やっぱミールさんの作るものは何でも美味いなー……、ん?)


 しみじみと味わっているとタージュが手を止めてこちらを凝視しているのが見えた。たまたま見ましたというより見ることが主目的みたいな視線だ。

 もしかして分けてほしいのかな?

 うんうん、だってミールさんのサンドイッチは美味そうだもんな。そう思い、サンドイッチの一部を千切って差し出す。


「ここ、齧ってないとこなんで味見します?」

「へ? あぁ、すみません。そういうつもりじゃなかったんすけど……じゃあちょっとだけ! あ、けど足りなくなったりしません?」


 どうやらタージュにすぐ腹の空く大食漢だと思われているらしい。

 大食漢なのは間違いないが、俺はそういうタイプじゃない。……はず。食後にすぐ飲み食いできるだけで、食べてすぐに空腹でグーグー腹を鳴らすわけじゃないぞ。

 俺は笑って言う。


「大丈夫ですよ。俺、誰かと一緒に食べるのが一番好きなんです」

「――なーるほど。ならいただきます!」


 タージュはサンドイッチにかぶりつくとモグモグと咀嚼し、これでもかと味わってから「美味いっすね!」と言って笑みを返した。

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