第20話 彼女の用心棒

 タバスコメントサーカスは食を大切にしているため、どれだけ忙しかろうが三食の時間は必ず余裕を持って取っているという。

 そんな貴重な時間の一角を分けてくれたことに素直に感謝するしかない。

 そう伝えるとタージュは「食後の運動になるしいいんですよ!」と歯を覗かせて笑った。


 再び森へと訪れた俺とサーカスの四人は様々な場所をくまなく探す。

 滑って落ちそうな場所は下側まで調べ、時折コムギの名前を呼んで返事がないか耳を澄ました。だが小雨だった雨は徐々に強くなっており、痕跡だけでなく音まで掻き消されてしまう。


(そうだ、俺の神気で探せないか?)


 人間を探すことに使ったことはないが、ウサギを呼び寄せた時のようなことが出来ればもしかすると――と、一縷の望みをかけて俺は深呼吸する。

 人間相手だと誘引は効かないだろう。しかし対象を探す過程で神気を伸ばした先の様子を感じ取ることができた。

 これを上手く利用できれば人の目で探すより細やかな場所を確認できる。


 念のためタージュたちから死角になるよう木陰に身を隠し、自分の体から神気を伸ばしていくイメージで徐々にそれを広げた。

 木の葉の落ちた地面を這い、湿気を吸った樹皮を撫で、岩の隙間、水草の向こう、木のうろの中まで広げられるだけ広げる。……こんなにも遠くまで伸ばせるものなのかと俺はこの時初めて知ったが、それだけ必死だったんだろうと思う。

 なにせこれだけ広範囲に広げてもコムギらしき人影がまったく見当たらなかったからだ。


 どこにいるんだ?

 コムギは一体どこへ行った?


 そんな強い思いが神気に混じったのだろうか。

 伸ばしていたそれに触れたとあるシカがぴくりと顔を上げる。

 何か言いたげだ。それが伝わってきて、俺は神気を広げるのをやめてそのシカに集中した。


 もちろん人間の言葉を喋るわけじゃないが、向こうから伝えようという意思、こちらから聞こうという意思が合致したおかげか何を言いたいのかうっすらと理解できる。――神としての力の使い方をまた一つ学んだ気がした。

 シカは神気の匂いを嗅ごうとするように鼻をスンスンさせながら伝える。


『そのめす、まばにもってかれた』


 まば?

 それが何なのかはわからないが、俺は戸惑いながら「どこへ?」と質問する。


『あちら』


 シカの頭がクンッと動き、ちょうど真南の方角を指す。

 俺は礼を伝えると神気を元に戻してタージュたちの元へと走った。得た情報については人間に訊ねた方が早そうだ。

 木の上を探していたタージュはしっとりとしてきた髪を揺らして俺に手を振る。


「シロさん! そっちはどうでした?」

「えっと、その、さっき山の罠を確認しにきた人に出会ったんですが――」


 シカのことは伏せて罠猟の村人から話を聞いたことにする。

 実際に雨の日でも確認に来る、もしくは前日から仕掛けておいたものが雨でだめにならないよう回収しに来る人間はいるので嘘だとは思われにくいだろう。


「まば、って何のことかわかりますか?」

「まば? あー……魔法の……かかった馬、のことかな。魔馬。元はシャシュヴァルとかいう名前だったんですけど、楽なんで今はもっぱら魔馬って呼ばれてます。普通の馬よりかなり速く移動できる奴ですよ。それがどうかしました?」

「コムギらしき子がその魔馬に連れていかれた、と言ってて」


 え、とタージュは片眉を上げて奇妙な表情を作った。

 そしてすぐに「そりゃおかしいっすよ」と首を横に振る。


「魔馬は主人の命令しか聞かないんです。っつーことは魔馬に乗った誰かがコムギちゃんを攫ったことになる。でも……」

「でも?」

「魔馬っていうのは王族専用なんですよね。違法に乗り回してる奴がいる可能性もあるけど、それはリスクが高いっす。厳しく取り締まられてるから見つかれば即投獄、だから目立つ乗り方ができない。でもコソコソ乗るなんて折角のメリットが失われるじゃないですか」

「つまりリスクを冒して乗るほどのものじゃなくなる、と」

「そっす。なので考えられる可能性はただ一つ」


 王族によりコムギが誘拐された。


 タージュはそんな可能性を示唆したが「ありえないっしょ」と肩を竦める。

 俺は数ヵ月前に村を訪れコムギに求婚したビズタリート・フルーディアのことを思い出した。

 ビズタリートが諦めきれずにコムギを攫いにきた?

 だとすればなんでこんなに時間が経ってから?

 ――そもそも。


(嫌な奴だったし食べ物に対する態度も思うところがあった。けどここまでする人間か……?)


 最初だって問答無用に攫わずにわざわざ宣言し、フードファイトも断らなかった。

 嫌な奴だがビズタリートなりに譲れない一線があった気がする。今回の件はそれを逸脱していた。

 しかし俺もビズタリートを心の底から知っているわけじゃない。

 万一のことを考え、コムギを巡るビズタリートと俺のフードファイトの件を話すとタージュは口の端を引き攣らせた。


「王族相手にフードファイトォ!? よく無事でしたね!? いやー……けどそうか、それなら動機はあるのか……」

「もしかしたらコムギは王都に連れていかれたのかも。あの、王都ってどこにあるんですか?」

「遠いぞ、馬の脚があっても一週間かそこらっすかね。魔馬なら飛んでるから一日もあれば着きそうですが」


 飛ぶのか!?


 俺は魔法の恐ろしさを目の当たりにしてぞっとした。

 この世界の魔法は生活に密着したものが多く、ファンタジーなんかでよく見かけるド派手な攻撃魔法を目にすることがないので、ここまで恐ろしいと思ったのは初めてだった。

 王族にしか乗れないものだが、この性能なら人攫いにもってこいだ。


「とりあえず、一度みんなと情報共有して相談しましょ。ね、シロさん」

「……そうですね。ミールさんも戻ってる頃でしょうし」


 まだこの世界に疎い俺だけで考えるには手に余る。

 そう感じ、素直にみんなの力を借りることにした。


 ただ一つ、しっかりと考え直したことがある。

 俺はデリシアの用心棒だ。店を守るが、その店の店員も同じく守る対象。

 もしコムギが王都に攫われたのだとしたら――俺は用心棒として、コムギを取り返すために必ず王都へ向かおう、と。

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