第19話 協力者とコーヒーキャンディー
道中も目を光らせ、森に着いてからも見逃しがないように視線を走らせる。
コムギが香草の採取をどの辺りで行なっているのか俺は知らないが、雨も降っているしそう奥深くまでは行かないだろう。
だがもし野生の動物に襲われただとか、前に現れたような小型ワイバーンに襲われたんだとしたらその限りではないな――と、そう思った時だった。
「これは……」
木の根本に落ちたフード付きのローブ。
作るのに手間のかかるものなので、普通は胸元に誰の所有物かわかるよう名前やマークが記してある。
恐る恐るそれを拾い上げると、胸元に描かれていたのは食事処デリシアの文字だった。店の共用品だ。今これを着ているのはコムギと俺だけのはず。
つまり。
「――コムギ」
名前を呼んでも返事をする者はいない。
俺はその場を中心に周囲を探し回ったが、結局コムギの姿を見つけることができなかった。
***
一時間ほど探しただろうか。
このまま俺まで戻らなければ店で待っているミールに更に心配をかけてしまうと判断し、俺は後ろ髪を引かれる思いで店へと一旦戻ることにした。
店に戻るとすぐさまミールが出迎えてくれたが、良い報告を出来なかったのがとても心苦しい。
「すみません、木の下に落ちてたこれしか見つけられなくて……」
「いえ、いえ……! 探してくれてありがとうございます、シロさん」
しかし何かあったのかもしれませんね、と不安を滲ませながらミールは長く飛び出た毛を萎れさせる。
その時、先ほど訪れていた四人組の一人が席を立ったのが視界の端で見えた。どうやら食事が終わったところらしい。
外側にハネた短い金髪の青年だ。
俺より三歳ほど年上だろうか。右目の下にはホクロがあった。青年は少し下睫毛が目立つ愛嬌のある赤い目でこちらを見て口を開く。
「さっきから気になってたんですけど、何かあったんすか?」
「お食事を楽しんで頂いているところなのに申し訳ありません、その、娘が森に出たまま戻らなくて……」
「え! そりゃ大変だ、オレも探しますよ!」
突然の申し出に俺もミールもきょとんとした。
青年の仲間である三人も同じ表情をしていたが、すぐに「またか」という表情になる。
「お前って人助けが趣味なんじゃないか?」
「いやいや座長、オレの趣味はナイフ投げ一筋っすよ~」
「嘘つけ。まあ娘さんが行方不明なんて店長さんも気が気でないだろ、アタシらも探すよ」
席から立ち上がった赤い髪の女性を見てミールは大いに慌てた。
「お、お客様にそこまでして頂くわけには……!」
「あっはっは! 食い終わったからもう客じゃないさ。とはいえ午後の公演が始まるまでしか手伝えないけどね」
「午後の……公演……?」
目を瞬かせるミールに女性は親指で自分をクイッと指して言った。
「アタシはタバサ! ちょっと前からこの村で世話んなってるタバスコメントサーカスの座長だよ!」
俺は驚くより先になるほど、と納得した。
どこか煌びやかな印象があったのはその影響か。
再びコムギを探しに出る前に名前を聞いたが、どうやら座長以外の三人は全員団員らしい。
長くウェーブした赤毛の女性が座長のタバサ。
年は四十代少し手前といったところだが、がっしりした体つきに溌剌とした雰囲気を持っていた。
沢山の団員を纏め上げているからだろうか、初対面なのに頼り甲斐がある。
最初に声をかけてくれた外ハネの金髪を持つ青年はタージュ。
よく見ると泣きぼくろだけでなく八重歯という特徴もある。ショーではナイフ投げを中心に行なっているそうだ。
残りの二人は朱色の髪の女性でイチミリアという名前の猛獣使いと、タージュより薄い色の金髪をしたシヤリという男性だった。
シヤリは主に裏方を担当しているらしい。
俺もコムギが心配で不安だったが、俺よりも辛いであろうミールのことを思うと泣き言は言ってられない。
探し手が増えたことも重なり、一旦不安を抑え込んだ俺は再び森へと向かった。
ミールは店を閉めて村長に相談に向かっている。恐らく夜まで見つからなければ捜索隊が組まれることになるだろうとのことだった。
四人はなんと自前の傘を持っており、雨具の心配は不要だと言ってくれた。
午後の公演が控えているのに濡れるのはマズいんじゃないか、と密かに気にしていた俺たちへの配慮だろう。――良い人たちだ。
(捜索隊が組まれれば心強いけど、きっとコムギは気にするよな……その前に俺たちで見つけてやらないと)
なるべく早い段階で見つけ出したい。そう表情を強張らせていると、いつの間にか隣にいたタージュにぽんっと肩を叩かれた。
タージュは底抜けに明るい笑みを浮かべて言う。
「そう力んでたら見えるもんも見逃しちゃいますよ、リラックスリラックス!」
「あ……ああ、そうですね、ありがとうございます」
面食らいつつも笑みを浮かべるとタージュは「オッケー!」と親指を立てた。
かと思えばポケットに手を突っ込んで何かを取り出す。小瓶がちらりと見えた。
「これ、オレの非常食……という名の秘密のオヤツなんっすけど、よかったらどうぞ。あっ、もちろん濡れたりはしてないんでご安心を!」
手の平にころんと置かれたのは、小さく茶色いコーヒーキャンディーだった。とても良い香りがする。
気遣いの紳士っていうのはこういう人のことを言うんだろうか。
明るい様子も見ていると心が軽くなる。
「ありがとうございます、タージュさん」
俺はまだ少し残っていた顔の強張りを解いて「いただきます」とキャンディーを口に入れる。
ほろ苦くも甘い味は、ゆっくりと気分を落ち着かせてくれた。
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