第17話 この村で生きていこうと思ったら

 俺が食事の神としてこの世界に転生し、そして地上に降りてから半年が経とうとしていた。


 テーブリア村にも馴染み、今では道を間違えずに色んな場所へ行くことができる。

 ただ、森の中だけは一人で歩くにはまだ不安があった。全然雰囲気は違っているが、前世で死んだのが山だった影響もあるのかもしれない。


 それでも時々コムギたちに同伴して森に入り、狩りや採取をしてその食材で作られた料理たちに舌鼓を打つのは楽しかった。

 いつか一人で入れるようになって、店を閉めなくても食材を調達できるようになればミールたちの助けになるだろうから、これは今後の第一目標決定だな。


(いつか、か……)


 地上に降りてきた――正確には落下してきた時は放浪する気満々だったが、気づけばこの村に定住する気満々になっていた。

 それもこれもこの村の食べ物が美味しく、例外はいるものの住んでいる人間に優しい人が多くて居心地がいいからだ。第二の故郷だと思えるほど。


 それにコムギたちにも世話になった。

 恩返しを数十年かけてしてもいい、と今は思っている。

 自覚は薄いが俺は紛うことなき『神様』であるため、その特性をもっとよく理解すれば役立つための取っ掛かりになるかも。

 そう思って今までにわかったことを振り返る。


 めちゃくちゃ高い場所から落下しても怪我ひとつないくらい丈夫であること。

 胃は無尽蔵で食べ物ならいくらでも入ること。

 その『食べ物』の範囲は俺が消化できるものなら何でも含まれること。

 自分の神気で魔属性のものを追い払ったり、逆に魔属性以外のものを呼び寄せたりできること。ただし人間には効かない。


 ちなみに消化できるかどうか判断できないものは普通に食べられなかった。俺の認識で大きく左右されるらしい。

 これ誤って変なものを誤飲したらどうなるんだろうな……。


 それに加えてどれくらい丈夫だとか、神気を広げられる範囲だとか、まだまだ細かいことはわかっていない。

 これからちょっとずつ調べていこうと思ってるんだが、なにぶん自分が神様だってことを村人には伏せてるせいで満足に検証ができないでいた。

 さすがに突然崖から何度も飛び降りて検証しだしたら奇人どころじゃないよな。


 コムギたちになら話しても信じてくれそうだけれど……いや、どうかな……脳みそまで胃袋になっちゃったんじゃ、とか思われたら俺ちょっと立ち直れないかもしれない……。


 兎にも角にも今は店の手伝いをしながら村での時間をゆっくりと過ごしているわけだ。


「おや、シロさんじゃないか! 随分泥だらけだけど何してたんだい?」


 畑道を歩いていると村人のおばさんに声をかけられた。

 馴染んだおかげで今ではこうして道すがら声をかけてもらえる。俺は乾いた泥で薄灰色になったズボンの裾を見下ろして答えた。


「キトリーさんちで収穫の手伝いをしてたんだ」


 キトリーさんは俺が世話になっている食事処デリシアの仕入れ先の一つだ。

 ちなみにこのおばさんも仕入れ先だった。とても良い野菜を卸してくれる。プロの技っていうのはこういうものを指すんだろうな。

 おばさんはグッと腰を伸ばしてとんとんと叩きながら笑みを浮かべた。


「精が出るねえ、今度ウチも手伝っておくれよ。はい、これ一部前払い!」

「おわっとと……! わかった、ありがとう!」


 放って寄越された大きな大根をキャッチし、笑顔で頷く。

 この村で作られてる大根の品種は甘くて美味い。

 ブリ大根――は海の魚がなかなか入ってこないから難しいけど、なにか他の魚でも合わないかミールに訊ねてみるのもいいかもしれないな。絶対に美味いぞ。


 村はそろそろ十二月を迎える。

 この地域には雪はさほど積もらないらしいが、村の周辺もひんやりとした空気になってきた。

 こういう日は温かいものを食べたり飲んだりしたくなる。

 そう思いながら店に戻ると、客に料理を配り終えたコムギが笑みを浮かべて手を振った。


「シロさん、おかえりなさい! 収穫はどうでした?」

「なかなかの重労働だったけど、出来のいい野菜ばっかりで見惚れてる間に終わってたよ」


 仕入れ先での収穫の手伝いは元々コムギたちからお願いされたものだ。

 途中でこれも貰ったよ、とおばさんの名前を伝えついでに大根を持ち上げて見せるとコムギは「わあ、立派ですね!」と目を輝かせた。

 こうして素直な反応をしてくれると少し嬉しくなる。


「後でパパにも知らせましょうか。あっ、それと――」

「うん?」


 コムギははにかみながら言う。

 そして両手で楕円の形を作ってみせた。


「パパがホクホクのじゃがバターを作ってあげる、って言ってたんで休憩時間に一緒に食べましょう!」


 俺はさっきのコムギに負けないくらい目を輝かせて頷く。


 ――こうして四季折々の食べ物を一緒に食べながら、みんなと日々を過ごしていきたい。

 きっととびきり楽しい時間になる。

 まったく追ってこないスイハたちの動向が気になるところだが、それ以外はまだ気にしなくてもいいだろう。ビズタリートもあれから村にちょっかいを出してくる気配はないし。


 俺はそう思っていた。

 何も心配することなんかない、と。


 しかし、目の前で微笑むコムギ・デリシアが行方知れずになったのは、この三日後のことだった。

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