第14話 ビズタリート戦の終焉
いくら不利になる食べ物を出されようが、俺は端からすべてを平らげていった。
有利とか不利とか関係なく、出された食べ物はすべて大切な料理たちだ。
美味しいよ、とそんな心からの気持ちを籠めながらすべて胃の中に収めていく。
どれだけ食べても冷や汗ひとつ流さず、倒れる気配を微塵も感じさせない俺にさすがのビズタリートも焦ったのか、噛む回数が少なくても流し込むように食べられる系統の料理を次々追加させたが――間に合わない。
俺はテーブルに追加されたマッシュルームのガーリック炒めを見遣る。
(……マッシュルームみたいな髪型、なんてマッシュルームに悪かったかな)
心の中で謝りながら小さく笑い、良い香りのするマッシュルームにフォークを突き立てて噛み千切ると、それと同時に真横のビズタリートが呻いて机に突っ伏した。
それでもまだ続けるつもりなのか、手に持ったスプーンをぎりっと音がするほど握り締めている。
「健康に悪いぞ。そこまでして食べるのはやめておいたほうが――」
「うるさい! 小僧、お前はわからないだろう、神聖なフードファイトで我々王族が負けることの恥の大きさを!」
ああ知らない、と俺は目を細めてマッシュルームを咀嚼する。
味がしみていてとても美味しい。
「でもズルすることの恥くらいはわかる。あんな方法で勝つほうが恥ずかしいことじゃないのか、ビズタリート王子。……こんなに美味しい料理ばっかりなのにもったいないと思うぞ」
「ッ……!」
ビズタリートは歯を食いしばって姿勢を戻し、震える手で薄切りズッキーニを使ったナムルを口に運ぶ。
しかし唇が開かない。
「その料理もそうだけれど、さっきから柔らかいもの中心になってるのは……戦法のひとつだろ? でもなるべく体にいいものを、って気遣いが俺には見える。多分それは作ってくれた人の想いだ」
「……」
「フードファイトは皆にとって神聖な戦いなのかもしれないけれど、作ってるのは人間だよ」
いけ好かない王子だが、心から想ってくれている人はいるのだろう。それがもし王子という立場だからだとしても。
少なくともビズタリートが用意した料理人はそうらしい。
「そんな人が作ってくれたものをズルいことに使うのはやめろ」
「……小僧め、簡単に言ってくれるわ……」
忌々しげにそう呟く声すらか細く、浅い息を繰り返すビズタリートは握りすぎて固くなった指を一本一本引き剥がすと、料理を掬ったままのスプーンを皿に戻してひとつ息をつく。
そして、散々迷っている間にも大盛りオムライスを口に運び続ける俺を見て諦めたのか、ようやく「棄権だ」と言い放った。
***
フードファイトで棄権を選択することは少ない。
それが王族ともなれば皆無に等しいのだろうが――ビズタリートがそれを選んだのは、他者が自分の体を想う気持ちに少しでも報いたからだろうか。それとも我が身可愛さゆえか。
訊ねようにも敗退したビズタリートはその場でフードファイト会場、つまりバラの庭園の撤去を命令して去ってしまったため、機会は訪れなかった。
「シロさん!」
ハンカチを持って駆け寄ってきたコムギに笑いかける。
まだ不安げな表情だったコムギはそこでようやく笑みを浮かべた。
「お疲れさまでした。相変わらず凄い食べっぷりで見入っちゃいました!」
「普段食べられない食材もあったから楽しんで食べれたよ。海ってここから遠いのかなぁ」
「ふふ、海は王都方面になるので遠いですね」
フードファイトが終わってすぐに食べ物のことを考えている俺を見たせいか、コムギは肩を揺らして笑った。
うん、やっぱりコムギは笑ってるほうが良い。
「アフターファイトも素晴らしかったですよ」
「アフターファイト……?」
「あっ、シロさんが最後に残った料理をすべて食べることです。いつの間にか村のみんながそう呼んでて……」
普通はああして試合後も食べたりはしないため、その行動を示す単語がなかったらしい。
新しい単語を生み出してしまったことを初めて知った。しかも定着してる。
不思議な気持ちになりながら、しかし新しい単語を作ることで用心棒としての俺を村の人たちが受け入れてくれているんだと感じて少し嬉しくなった。
「フードファイト、お疲れさまでした」
そう声をかけてきたのは審判のラクタだ。
随分と汗をかいているが、一難去って緊張が解けたことが理由らしい。
「……王子は村の森を豊かだからと大層気に入っておりまして、ああして度々狩りに訪れていたのですが……そのたびトラブルを起こすので、みんな鬱憤が溜まっていたんです」
そして今回ついにコムギを見初めたわけか。勝手に。
――っていうか、あの嫌われっぷりって元からだったんだな。生活圏の村の中ではなく森でのトラブルであれだけ嫌われるって一体なにをしたんだ。
そんな村人たちの感情に今回の件で拍車をかけたのは確実だろう。
「機転を利かせてお助けできずすみません。……これは審判としてではなく私個人の言葉ですが、シロさんが勝ってくれてとてもすっきりしました。本当にお疲れさまです」
「お礼を言われることじゃないです、……あの、ラクタさん」
「はい」
「またフードファイトが起こった時は、審判宜しくお願いします」
有利に判定してください、などという下心は込めていない。
ただシンプルに、審判として俺が食べているところを見守っていてほしい。そんな気持ちを感じ取ってくれたのかラクタは「もちろんです」と頷いた。
「……ところでコムギ」
「なんですか?」
「そのハンカチは一体?」
駆け寄ってきた時からコムギの手には大きめのハンカチが握られている。いや、大きめのハンカチというか小さめのフェイスタオルって感じだ。
あっ、とコムギは声を上げると、何がおかしいのかくすくすと笑って俺の顔を見た。
「シロさんの口の周りが……ふふ、その、凄く色とりどりに汚れていたので」
「……! ああ、今回は特に夢中で食べてたから――」
コムギの手が伸びてきて俺の口周りをハンカチで拭く。
子供の頃に母さんに拭われて以来だ。なんだかくすぐったい。
「これでよし、っと。さあシロさん、帰りましょうか!」
ありがとうと礼を述べて俺は頷く。
並んで歩きながらコムギを見ると、コムギもこちらを見上げたところだった。
「コムギの味噌汁、楽しみにしてるからな」
「はいっ! もしまた失敗したら――」
「失敗しても食べる」
誰かが心を込めて作ってくれた料理。
もしそれが本人にとって失敗作だとしても、俺は今まで通り美味しく食べる。
そんな気持ちを短い言葉の中に籠めて言うと、コムギははにかむように笑い――
「はい! 美味しく食べてください!」
――心から嬉しそうにそう言った。
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