第13話 俺は食事の神だから

 必要以上に不溶性食物繊維――要するに春雨が入った中華スープ。

 食欲を抑制するといわれているコーヒー。

 どうやって作っているのかと思えば魔法で炭酸を注入していた炭酸水。


 短い間にフードファイトに不向きなものばかりが俺のテーブルに集まった。


 しかも液状のものが多い。

 液体は固形物や肉類と違ってフードファイトの点数が低くなる傾向にあるため、これも嫌がらせの一環なんだろう。

 食欲を抑えるという点では過去にココアを鍋で飲んだこともあるのでさして問題にはならないが、その効果を悪用するために使おうという考え方がなんだか嫌だった。


 対してビズタリートは食べやすそうな、それでいてしっかりと点数の稼げる料理を悠々と食べている。スプーンの動きすら軽やかだ。

 とはいえビズタリートたちからすれば神聖で真剣な勝負の場であるため、俺とは違い食事そのものを楽しんでいる様子はない。

 咀嚼し、飲み込み、そして時折コップの水で流し込む。

 ちっとも味わってなんかいない。


 俺はようやく現れた食い応えのありそうなビーフハンバーグに齧りつきながらそれを見ていた。

 たっぷりの肉汁を味わいつつ、それをしっかりと飲み込んでから問い掛ける。


「……そんな食べ方して、本当に美味しいのか?」

「む?」


 ビズタリートは怪訝な顔をした。

 俺に対する嫌な顔というよりは、本当になぜそんな問いをするのかと疑問に思っている顔だ。


「何故そんなことを気にする?」

「仕事だからかもしれないけど、あの料理人さんが長年培った技術で調理してくれたものだろ。それに食材ひとつひとつに作り手がいる。……フードファイトをする人間は皆そうだったけれど――」


 俺は周囲で勝負を見守る人々を見る。

 あの人は野菜を作っている。この人は牛を育てている。あっちの人の育てた鶏の卵は毎日でも食べたいくらいだし、そっちにいる人のヤギは良い乳を出す。それで作ったチーズも好きだ。

 それがすぐわかる程度には、俺はこの村の素晴らしい作り手たちを覚えていた。

 頭と舌でしっかりと。


「俺は……そんな沢山の人の手で出来上がった料理は、楽しんで食べるべきものだと思うんだ」


 即席の厨房に立つ料理人の肩が小さく跳ねる。

 いわば敵かもしれないけれど、そんな料理人の作ってくれたものも俺は心から大好きだ、あなたの料理の腕は素晴らしいと伝えたくなった。

 しかしビズタリートは理解できないといった様子で鼻を鳴らす。


「フン、そんな下らぬ考えを城内で言ってみろ。即刻首が飛ぶぞ」

「お前には心を込めて料理を作ってくれる人はいなかったのか?」


 この世の中には、料理の根本的な部分から感謝し楽しんで食べることが難しい人間もいるということはわかっている。

 けど他人が心を込めて作ってくれたものならどうだろうか。

 その心に対しては何も思わないんだろうか。

 そう問い掛けると、ビズタリートは初めて一瞬だけ手を止め――すぐに鼻で笑って食事を再開した。


「そんなものは知らん!」


 そのまま怒涛の勢いで餃子を平らげ、次の海の魚と果物のワイン蒸しに手を伸ばす。

 妨害のせいで点数はあちらのほうが上。常人ならすでに倒れているほど俺の腹は膨れている――とビズタリートたちは思っているはず。

 何ならそれはコムギもだったようで、両手をメガホンのよな形にして大きな声で声援を送ってくれた。


「シロさん! 負けないで! シロさんが勝ったら私……なんでも好きなものを作りますっ!」

「なんでも?」


 俺は思わず笑みがこぼれた。

 好きなものが食べれるからじゃない。

 元から試食の時はいつも好きなものを作ってくれるじゃないか、という笑いだ。


「じゃあコムギの味噌汁を!」

「貴様……フードファイトで劣勢になっているのに他の料理のことを考えているだと……!?」


 癇に障ったのかビズタリートがこめかみに青筋を立てた。

 俺はクリームコロッケをさくさくと口に放り込んで片眉を挙げてみせる。――あ、これカニクリームコロッケだ。

 思わず幸せそうな顔をしつつ、しかしビズタリートにはっきりと聞こえるように言う。


「劣勢なんて誰が言った?」


 いくら食べたものが胃の中に溜まろうが。

 いくら食べたものが胃の中で膨らもうが。


 この俺が満腹感で食べられなくなるなんて、なぜ思えるのだろうか。

 容量はまだ空いている。そもそもこちらの世界で生まれ直した俺に限界なんて存在するのかわからない、そんなことを思う程度には。

 だって目の前にはまだ口にしていない素晴らしい料理が山ほどあるじゃないか。


(……ああ、そっか)


 その時、俺は気がついた。

 こんな俺だから食事の神になったんだ。


 もし山の神になっていたとしても山の幸が気になって仕方なかっただろう。

 もし空の神になっていたとしても飛び交う鳥が美味そうに見えただろう。

 俺はそれくらい魂の根っこから食事の神だった。そんな『もし別の神だったら』なんて想像が意味を成さないくらいに。


 そして、現に食事の神は俺だ。

 なら。


「――こんな素敵な料理ばっかりなんだ。この食事の神おれが負ける道理がないだろ?」

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