第12話 王子、卑怯な手を使う
ビズタリートは自分が負けるはずないという自信に満ち溢れた表情をしていた。
俺が言えたことではないが、とてもじゃないが大食漢には見えないのにこの自信はどこから来るんだろうか。
今日のフードファイトの時間は無制限。
料理の提供はビズタリート側の用意したシェフによるもの。
簡易調理台が庭園に似合わない――と思いきや、バラの装飾を施されており景色と調和が保たれている。こだわってるのが地味に癇に障るのはなぜだろう。
提供される料理はいつものようにランダムで、食べた料理によって判定が変わってくる。
審判は村付きのラクタとアミラゼだ。
今日は相手が相手なせいか二人体制で行なうらしく、普段は担当している場所を分けているアミラゼが俺のフードファイトに関わるのは珍しい。
ラクタは髭をたくわえた男性だが、アミラゼは逆三角形のメガネがよく似合う女教師風の背筋がピンと伸びた女性だった。
棄権は可、勝利条件はポピュラーな『最後により多くの点数を得ていた方が勝ち』というもの。
席についた俺は初めにテーブルの上に用意された料理を見渡す。
基本的にリクエストでもしていない限り、初めにテーブルに並んでいる料理は軽いものから重いものまで一通り用意されている。そこには飲み物やスープ、サラダ類も含まれていた。
今日のサラダは珍しい。なんと海藻サラダだ。
海まで遠いのかテーブリア村で生の海の幸が扱われることは稀だった。もしかすると並んでいる魚料理も川ではなく海の魚かもしれない。
(王族の権力を以てすれば海の幸を仕入れることも簡単なんだぞ、って牽制かなこれは)
鼻につくが久しぶりに海のものを食べられるのは正直嬉しかった。
ここでイライラしてはビズタリートの思う壺。なら逆に目一杯食事を楽しんでやろう、と俺は舌なめずりをした。
「シロ選手、ビスタリート選手、準備は宜しいでしょうか」
アミラゼが整った姿勢を崩さないまま前に出て訊ねる。
俺は静かに頷き、ビズタリートは「いつでも始めていいぞ」とさっさとしろと言わんばかりの態度で言った。
アミラゼとラクタはお互いに目配せし、それぞれ俺とビズタリートの傍らに立って片腕を上げた。
「それでは――フードファイト、はじめッ!」
ふたりの声が重なり、同時に腕が下ろされる。
火蓋が切って落とされた瞬間、まず最初に動いたのはビズタリートだった。
手近な若鳥のグリルを引き寄せたと思えばそれが一瞬で切り分けられる。手に持ったナイフで瞬時に行なわれたことだと理解するのに一拍かかった。
王族は調理技術の取得が必須、とコムギは言っていたが――それはそれだけ王族の中でも食事が重要視されているということ。
つまりこんなナリだがビズタリートが食事に関連することに卓越した技術を持っていても何らおかしくはない。
荒くれ者とのフードファイトより骨がありそうだ。
でも俺は……
「……! 海藻サラダにガーリック系のドレッシングって合うんだなぁ」
焦って食事を楽しむことを疎かにするつもりは毛頭ない。
初見の時から気になっていた海藻サラダを頬張って咀嚼する。海藻そのものに味はほとんどないが、種類により様々な食感が口の中を楽しませてくれた。
ワカメの柔らかだが茎に噛み応えがあるもの、固くひらひらとしているがそれがアクセントになっているもの、赤紫色をした円柱型の茎という見た目だが固くなく噛んでいると強いぬめりが出てくるもの。
敢えてドレッシングのかかっていないところだけ楽しんだり、逆にたっぷりと絡ませてガーリックの香りを楽しむことも可能だ。
サラダだが大分満足感を得られる。
この世界に来て海の幸を楽しんだのはスイハの屋敷で持て成されていた時だけ。
でもあの時は状況が状況すぎて、心から食事を楽しむことができなかった。
今だってあんまりな状況だけど、俺は最初から楽しむ心算でいる。楽しんで食べて、その上でビズタリートに勝ってコムギを守るんだ。
……遭難し、飢えていた時は「食べられれば何でもいい」なんてことを思ったこともあった。
でも今ここには沢山の美味しいものがあって、そしてそれを作ってくれる人がいて、食材を育んでくれる人たちがいる。
それを壊されて堪るもんか!
俺は白身魚の入ったピリ辛ラーメンに手をつけた。
味の薄いものの前に濃いものを食べるのはご法度だったが、この後はスープ類を三種飲み比べる予定だ。そのスープの味を徐々に薄くして舌を一旦リセットするので気になるコイツ、ラーメンからいく。
白身魚は揚げられており、衣は汁を吸って初めて味が整うよう調整されていた。
麺は辛さの絡みやすいちぢれ麺。食感は普通の固さだが――これ、固めの麺でも食べてみたいな。
料理人はビズタリート側の人間だけど頼んだら作ってくれないだろうか。
ちらりと即席の厨房に視線を向けてみるも、料理人はこちらを一度も見なかった。
これがコムギならリクエストを聞いてくれたんだろうけど……。そう少し残念に思いながら汁を飲み干していると、追加の料理がテーブルにやってきた。
「あれ……!?」
応援していたコムギの小さな声が聞こえる。
俺のテーブルに追加されたものはどれもこれも腹の中で膨張するものばかり。
特に……あれは何だろ……。
日本で見たものと同じかはわからないが、チアシードかバジルシードか?
それがジュースに山ほど入ったジョッキが当然のような顔をして俺の前に置かれる。もちろんビズタリートのほうにはない。
フードファイトはランダム配膳なのはわかっているが、これはあまりにも露骨じゃないか、王子様……。
そんな視線を向けると、それを恨みのこもった視線と勘違いしたのかビズタリートがにやりと笑った。
「お前、食事で卑怯な真似をするな。料理が可哀想だろ」
「はて、何のことやら」
俺はビズタリートがする『コムギの扱い方』も『料理の扱い方』も両方とも大嫌いだ、と再認識した。
一度だけ大きく息を吸い込んでジョッキを握る。ずっしりと重たい。
「……ちゃんと楽しんで食べてやるからな」
ビズタリートに対してではなく、ジョッキの中身に対して声をかける。
そして、喉越しを楽しみながらシード入りのジュースを一滴たりとも零さず飲み干した。
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