第9話 美味しい料理たちと勝とう!
パリッと香ばしく焼けたチキンの皮。
それを咀嚼すると質の良い脂がじゅわりと口の中で湧き出た。脂なのにそのままいくらでも飲めそうだ。
いつも思うがミールは肉の処理が一番上手い。宮廷料理として振る舞われていても違和感ないんじゃないかと思う。
現にスイハの屋敷で散々食べた豪奢な食事たちが霞むくらいだ。もちろんあれはあれで美味しかったし完食したけどな。
クリームチーズを使ったスープはとろみがあって濃厚で、一口啜るたびに満足感が胃から伝わってくる。なのに満足しきることが惜しく感じるくらいだ。
「うん、毎日食べてるけどやっぱりここの料理はいいな……」
そう感じ入っている隣でリグチーズは酒の合間に骨付きカルビへと齧りついていた。
その様はまさしく『食い散らかしている』といった感じで、とにかく食べ方が汚い。ゴーフマンたちのほうがよほど丁寧だ。
辟易しながら俺はマカロニたっぷりのグラタンを口に運ぶ。
「……ん! 熱いのに口の中にほいほい入っちゃうぞこれ!」
食べやすいサイズにカットされたブロッコリーは柔らかく、エビは小さいのに噛むと身が弾けるほどぷりぷりとしている。そういえば村の近くに海はないが、海産物はどこからか買い付けているんだろうか?
後で訊いてみよう、と思いながら機嫌の直った俺はコンソメスープを飲み干す。
しっかりとした味付けなのに喉越しがスムーズなスープだ。
運動した後に白米と唐揚げとこのスープを好きなだけ食えたら更に幸せだろうなぁ……ああ、でも今でも十分幸せだ……。
「シロさん、そのグラタンの一部をこちらにかけてみてください」
そっとミールが差し出したのは鮮やかな黄色のご飯――この香りはサフランライスだ。
なるほど、途中でアレンジして食べることもできるのか!
俺はミールに礼を伝え、ほくほく顔でサフランライスのグラタンがけ……要するにドリアを頬張った。
さっきまでとはまた違った味わいに唾液が止まらない。
口の中が喜んでるっていうのはこういうことを指すんだろう。
「コイツ、さっきから好き勝手くっちゃべりやがって……!」
リグチーズは自分勝手な軽蔑のまなざしを向けてきたが、軽蔑されるべきはそっちだと思う。
気を取り直して俺はテーブル端にあった皿を引き寄せた。
骨の付いたラム肉……ラムチョップだ!
ラムチョップは年若い仔羊の骨付きロース肉を骨ごとにカットしたもののことを指す。普通のラム肉はちょっとばかり癖のある匂いがするんだが、特性上ラムチョップはそれが少ない。
しかも柔らかくて脂ものっていて最高だ。
俺が一口で骨から引き抜いて美味そうに頬張ると、野次馬の中から嬉しそうな声が聞こえた。きっとさっきいたラム肉を卸してくれた女性だろう。
こんなに美味しい仔羊を精魂込めて育ててくれてありがとう!
そう感謝しながら平らげていく。これは毎日だって食べたいくらいだ。
リグチーズは魚のフライを皿ごと傾けて口の中に流し込んでいる。
骨はミールが至極丁寧に取ってくれているので心配はないが、ほとんど噛まずに飲み込むのはもったいないことこの上ない。
「そうだ、砂糖を溶かしたホットミルクもできるかな?」
ふと甘いものも欲しくなってそう訊ねると、コムギは「できますよ! パパに伝えてきますね!」と快諾してくれた。
飲み物は判定でそこまで有利にならないらしいが、俺は食べたい時に食べて飲みたい時に飲む。そういった自然な形でリグチーズに勝つつもりだ。
「ケッ、勝負の場でそんなもん飲むなら帰ってママのおっぱいでもしゃぶって――」
「あ、コムギさーん! 量は5リットルくらいで!」
「ッは!?」
リグチーズは思わずと言った様子で声を漏らした。
手が止まってるぞ、と横目で見てみるが気がついていない。
しばらくしてコムギがホットミルクを鍋のまま持ってきてくれた。重そうだがそこは毎日ウェイトレスとして働いているだけあって体幹がしっかりとしている。
「すみません、注げるカップがなくて……」
「じゃあ少し行儀が悪いけど、そのまま貰ってカップで掬いながら飲んでもいいか?」
「もちろんです!」
コムギに店で一番大きなカップを用意してもらい、鍋敷きの上に鍋を置いて掬っては飲んで掬っては飲んでいく。
ガラスのジョッキならもっと入るんだけど耐熱の問題があるらしい。残念。
わんこ蕎麦ならぬわんこホットミルクだが、これが結構イケる。
ついでに鍋でしっかりと過熱し、しかもそれが均等なおかげか砂糖が溶け残ることもなく綺麗に混ざっていた。甘くて温まる飲み物は万国共通でホッとするものだ。
最後まで飲み干し、よし今度は再び味の濃いものでも……とカップをフォークに持ち直していると、隣で妙な息遣いが聞こえた。
リグチーズが口をぴっちりと閉じたまま鼻からひゅーひゅーと音をさせている。
これ以上は入らない。
でも入れなきゃならない。
――そう葛藤している顔だ。
額に浮いた脂汗を見るに、本当にもうこの辺りでやめておいたほうがいいんじゃないだろうか……。
(でも俺が言っても聞くはずないよなぁ)
逆に火に油だろう。
食べた量は俺が断トツで多い。大物の皿に手をつけている合間合間にあれこれと摘まんでいたらいつの間にかカウントが進んでいた。食べた量を一旦紙に控え、食器を洗いながらでないと提供が追いつかないほどだ。
この感じなら次の皿をゆっくり時間をかけて味わってもいいかもしれない。
「……あっ」
俺の目に留まったのはウサギのローストだった。
手足がそこに付いていました! というのがわかる形状だが、とても綺麗に焼かれていてグロテスクさは微塵も感じない。
添えられた香草の香りが鼻孔に届く。俺は吸い寄せられるようにローストをナイフで切り分けていった。
たしか少し固い肉質のウサギ肉がロースト向きだったはずだ。
あのウサギは養殖ウサギではなく野ウサギに近かったので筋肉質すぎたのかもしれない。子供もいなかったしな。
しかしそんなことどうでもいいくらい美味かった!
ミールのウサギのローストにはガーリックが使われていたが、これが良い感じに食欲を刺激してくれる。更には別添えの生クリームソースを使うことで味の変化も楽しめた。
「あー……ミールさん、俺これ好きです……」
思わずそう呟くと、野次馬の中から何人かが厨房に向かって「ウサギのロースト好きだってよー!」と伝言してくれた。
なんだ優しいじゃないか。でもそろそろ仕事に戻ってくれ。
リグチーズが最後の足掻きとでもいうように酒をちびりと口にしたが、か細く唸ってテーブルに突っ伏した。
審判がカウントを取る。
席から落ちない限りは念のためカウントで続行の意思を確かめるらしい。
「ワン! ツー!」
俺はそっと最後の一口を咀嚼し、ウサギのローストを完食した。
これはきっと俺たちが捕ったウサギのどれかなのだろう。
その顔を思い出しながら心の中で手を合わせる。追悼ではなく、ごちそうさまという意味で。
「……スリー! 勝者、シロ選手!」
この勝負に勝ったのは、俺と美味しい食事たちだった。
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