第8話 VS迷惑な旅人

 大量に集まったウサギは数羽だけ残してあとは森に帰した。

 残した数羽は無事に質の良い肉となり、今はとても美味しそうなウサギ料理として客に振舞われている。


 一瞬とはいえ懐いていた個体が食べられるのは複雑な気分だったが、人が――いや、生き物が生きるっていうのはこういうことだ。

 そして食事は『こういうこと』の積み重ねの上で成り立っている。

 ……忘れることだけはしないでおこう。


     ***


 神気のコントロール訓練はあれから毎日行なっていた。

 やはり難しいが、ウサギの件をきっかけにコツを掴めた気がする。

 昨日ミスって近所のニワトリを大集合させてしまったが、元々放し飼いなので目立たずに済んでよかった。

 今日も畑の草むしりをしながらモグラ相手に訓練してみようか――と思ったところで、店の方から走ってきたコムギが俺の名を呼ぶ。


「シ、シロさん! 来てください、フードファイトです!」


 時刻はまだ午前中。もう少しで昼に差し掛かろうかという時だ。

 最初に説明されたように、この村で真昼間から、しかも午前中からフードファイトをおっぱじめようって人間はほとんどいない。

 いるとすればすぐに決着をつけないといけない緊急性の高いフードファイトか、もしくは……


「オラァ! 酒中心にじゃんじゃん持ってこォい!!」


 ……こういう碌でもない人間によるフードファイトだ。


 店内に戻ると中央のテーブルを占拠した巨躯の男がそう息巻いていた。

 身なりからして旅人らしい。フードファイトの相手は痩身の若い男性で、俺から見ても怯えきっている。

 コムギがこそっと俺に耳打ちした。


「たまにいるんです……ああして行く先々の村で難癖つけてフードファイトに持ち込んで、散々飲み食いして飲食代を節約する人が」

「ああ、なるほど。絶対勝てそうな人に勝負をふっかけてるのか」


 フードファイトにかかった費用は負けた側が負担する。それを利用したあくどい手法だ。

 大抵の人はそこまでフードファイトを悪用しようとは考えないらしい。真剣勝負として大切に扱っている。

 初日に戦った荒くれ者たちも、賭け事はしていたが『負けたら費用は払う』という前提を覆すつもりはなかったのか、後日倒れた側が費用を払いに来たくらいだ。

 そこに壊した備品代も入れていない辺り、完全な善人ではないみたいだが。


 パンをちょびちょびとしか食べれていない痩身の男性を見て、俺はふたりの前へと進み出た。

 野次馬はまだチラホラ程度。

 巨躯の男が俺の実力を知る前にさっさと言ってしまおう。


「おじさん、そのお兄さん胃が悪いんだ。だから俺と交代させてもらってもいいか?」


 もちろん男性の胃の調子なんて知りっこないが、ここはホラを吹いておく。

 男性にとっても渡りに船なのかうんうんと頷いていた。


「交代ィ……?」


 巨躯の男はねっとりとした目で俺を上から下まで見る。

 男の目には特に大食いでもなさそうなただのガキ、という風に映ったんだろう。にやりと笑うと「いいだろう」と頷いた。

 俺は男性を逃がし、ナイフとフォークを片手に席へとつく。


「ガキ、お人好しなのはいいことだが命取りになることもあるって覚えといたほうがいいぞ」

「肝に銘じておくよ」


 心にもないことを言っていると徐々に人が集まり始めた。

 予想してたより人数が多い。

 おいおいみんな仕事してくれよ……! 服に干し草くっつけてたり泥のついたクワ担いだまま見にくるなって……!


「誰かと思ったら旅人か」

「あの用心棒、今回はどれくらい食うんだろうな?」

「今日はウチが卸したラム肉もあるんだよ、美味しく食べてくれると嬉しいんだけどねぇ」

「最初は不思議だったけど、幸せそうな顔で食べてくれんのは嬉しいもんだよねー」


 ……思っていたより好意的に受け止められていたらしい。


 初めはフードファイト中に幸せそうに食べるってこと自体受け入れられなかったけれど、こうして理解されつつあるのは正直俺も嬉しかった。

 最初に感じた『自分の手で文化を変えるのはおこがましい』って考えはもちろんまだあるが、ありのままの俺を見た人々が自分で考えて変わっていくのはいいんじゃないかなと思う。

 人々の言葉から俺が只者ではないと徐々に悟ったのか、巨躯の男は怪訝そうな顔をしたが怯まなかった。それだけ俺が弱そうに見えるんだろう。


 そこへ「もう始まってるじゃないか!」と審判の男性が駆けつけた。


 ちなみにこの村で暮らし始めてから知ったが、やはり正式なフードファイトには審判が付き添うのが普通らしい。不在の場合も見届け人は必要だ。

 片方が倒れた時に勝敗を捏造されることもあるからだそうだ。あとは医者を手配するシラフの人間がいることも重要だという。

 この村には正式な審判がふたりおり、片方はこの男性のラクタ、もうひとりは女性のアミラゼという。

 ラクタは巨躯の男性に近寄ると名前を訊いた。


「リグチーズだ」

「この村では制限時間制はオプションですが、なくても……」

「いいから早く始めろ!」


 俺はラクタに目配せする。勝ってみせます、と。

 中立の立場である審判だが、この時ばかりは頷き返してくれた。


「ではリグチーズ選手、そしてシロ選手! フードファイト――はじめっ!」


 すでに酒を飲み始めているリグチーズを横目に、俺は開始の合図を待ってからゆっくりと目の前のチキンの丸焼きへとナイフを入れた。

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