第7話 シロの神気
――『食事処デリシア』の用心棒として雑用もこなしながら暮らすこと数日。
ようやく下界の暮らしにも慣れてきたが、まだまだ未知なるものは沢山あった。
昨日なんて村で飼っている牛を狙って一メートルほどの小型ワイバーンなんていうファンタジーなモンスターが出てきて腰を抜かしたくらいだ。
ただこれくらいのモンスターなら俺の神気に恐れをなすらしく、近づくと大慌てで逃げてしまった。
神気は神の体に流れる不思議な力で、何に活かせるかは神によって異なるらしいが、司っているものに関係のない効果を発揮することもあるらしい。
俺は天界にいる間に神気の詳細を調べられなかったから未だによくわかってなかった。……モンスター忌避剤みたいな感じだったら便利だけど、そういうものが体から湧き出てると思うとちょっと複雑だな。
ちなみにこの世界では人や家畜を襲うモンスターも『ごく稀に現れるちょっと厄介な害獣』くらいの扱いらしいが、完全に討伐するには成人男性が二、三人は必要だとされているそうだ。
あの用心棒に食われると思って逃げたんじゃないか?
そう俺の正体を知らないはずの野次馬たちがコソコソと話していたのを思い出す。
あれから行儀の悪いフードファイトを見つけては頭を突っ込んで俺が勝つ、という初日のようなことを繰り返していたからだろうが、どれくらい『健啖家の用心棒がいる』と村に広まっているんだろうか。
あまり有名になるとスイハたちに見つかってしまうんじゃ? という不安もあったが、今のところ追っ手の気配はない。
助かるがこれはこれで不気味だ。
そんなある日。
朝からコムギに呼ばれて階下に降りると、ふたりとも何やら出掛ける準備をしているところだった。
「どこか行くのか?」
「はい、森へ狩りに行こうかと」
「狩り!?」
驚く俺に弓矢を見せてコムギは笑う。
しっかりと手入れされているが使い込まれた弓だ。矢筒に収められた矢も手作り感がある。
「いつもは肉屋さんから卸してもらってるんですけれど、今日はどうしてもウサギ肉が足りなくて。そういう時は自分たちで狩りに行くんです」
「へー、なるほど……自給自足ここに極まれりだな……」
「そこでお誘いなんですけれど、シロさんも一緒に来ませんか?」
俺? 俺も行っていいの?
そう表情で訊くと、どうやら狩り中は店を閉めるため仕事がないらしい。
「留守番をしてもらってもいいんですけど、どうせならうちの豊かな森も見てもらいたいなって」
村人にとって森の豊かさは自慢のひとつなのだろう。
そういうことなら見に行こう、と俺も不慣れながら準備を始めた。
そういえば神気で動物が逃げちゃったりしないだろうか?
基礎知識として『神気は操れるものだ』とスイハの元で色々と学習した際に知ったが、俺はまだ不慣れでコントロールできていない。見えないけど多分ダダ流しだ。
ただ魔法に属性があるように神にも属性があるらしく、食事の神の場合は魔の属性に強くその他とは相性が良いか普通、というところだった気がする。うーん、詳しく書いてあった本も逃げる時に拝借してこればよかったなぁ。でも泥棒になっちゃうか。
とりあえず狩りの対象が普通のウサギなら大丈夫だろう。
(もし影響があるようなら腹が痛いって言って帰らせてもらおう)
俺の丈夫っぷりを間近で見ているふたりには信じてもらえなさそうだけど、まあそこはゴリ押しだ。
***
手入れされ適度に日の光が入った森。そこに自生する木は青々とした葉を茂らせ、食べられる野草が栄え、木の実も豊富に実っていた。
茂みの陰にはキノコ類もよく見かける。甘い砂糖水のような樹液が出る木もコムギたちに教えてもらった。
小型の弓を背負ったコムギ、そして大型の弓を背負ったミールの後ろに続きながら俺は森の中を見て回る。
たしかに豊かな良い森だ。
ここなら遭難してもずっと生きていられる気さえする。
俺が前世で死んだ場所は山だったこともあるが、自力で食べられるものはあまりなかった。迷い込んだ先が登山コース外だったのも大きい。
それでも自分の手が届く範囲にあった食べれそうなものはすべて口に入れてみたな……と思い返す。好物は思い出せないのに、こういう記憶は消えてないのが困りものだ。
そんなことを考えているとコムギがキノコを指さした。
「よその森はまた別ですが、この森に生えているキノコ類は八割が食べられるものなんですよ。ただ残り二割は毒があって危険なんで、不用意に触らないようにしてくださいね」
「わかった。……あの細いやつも?」
俺が木の根近くに生えているエノキのようなキノコを指すと、コムギは「それは食べられますよ。ちょっとだけ採っていきましょうか!」と手慣れた手つきでキノコを採取した。
たぶん子供の頃からこの森に慣れ親しんでるんだろうなぁ。
――子供の頃のコムギ。今も純真無垢に見えるからか、もの凄く簡単に想像できる。
「……! いました」
少しばかり想像を巡らせていると、そんな声が聞こえてきて現実に引き戻された。
視線の先には茂みからゆっくりと姿を現したウサギの姿が見える。
日本でペットとして飼われているような可愛らしいウサギではなく、まさに野生! といった出で立ちだ。
毛皮越しでもわかる筋肉質な体の中でも後ろ足が特に顕著で、加えて頭と胴が首できっちりと分かれている。ずんぐりむっくりした可愛さはどこにもない。体長は60cmくらいだろうか。
よく見ておかないと茶褐色の体はすぐに自然に紛れて見失いそうだった。
隣でコムギが矢をつがえる。
(この距離から……!?)
直後、ピュンッと音をさせて矢がウサギに向かって迷いなく飛んでいった。
惜しいことに途中で風が吹いて矢はウサギの足元に突き刺さる。跳ねて逃げる姿を見てミールとコムギが最小限の動きで追い始めた。
つまり惜しがる前に次の行動に移っている。
プロだ……!
お遊びでやってるわけじゃないんだ……!
そうひしひしと感じながら、なるべく音を立てないようふたりについていく。
自分にできることはあまりないかもしれないが、食べるために行なう狩りというものをこの目で見ておきたかった。
ふたりが再び獲物を見つけたのは五分後のこと。
さっき逃げた個体ではないようだったが、あっという間に矢をつがえてウサギを射貫く。その姿はまさしく狩人だった。
その横顔を眺めていると、ぱっとこちらを向いたコムギと目が合った。
「どうしました? 疲れちゃいましたか?」
「ああいや、普段は可愛いけど狩りの時は綺麗なんだなぁって……」
「きれっ……!?」
あれ、失言だったかな? と冷や汗を流していると、コムギは顔を真っ赤にして両手で頬を押さえた。
「ききききれいなんて言うの、シロさんくらいですよ、もう……!」
「いや、コムギはきれいだぞ」
「パパまで!」
「ママにそっくりだからな」
さらっとミールに惚気られた気がするが、悪い空気にならなくてよかった。
そのまま談笑しながら近くの川で血抜きをし、あと四、五羽狩ってから戻ろうという話になる。
「今度はシロさんもやってみますか?」
「そ、それが弓は一度も使ったことがなくて」
コムギとミールは不思議そうな顔をした。
この世界で生きていく上で弓矢の技術は必要不可欠なものだったんだろうか。
しかし下手な奴はどこにでもいるらしく、俺のこともそうだと思われたのか深くは追及されなかった。代わりに「今度教えますね!」とコムギが張り切り始める。
(せっかく毎日まかないとして美味いものを食わせてもらってるんだから、俺ももっと役に立ちたいんだけどなぁ……、……そうだ!)
神気と相性が悪くて逃げたのなら、逆に相性が良いならコントロール次第で呼び寄せることもできるんじゃないか?
ぶっつけ本番だがこれでコントロールのコツを掴めれば一石二鳥だ。
ダメで元々、俺は目を閉じて自分の神気を感じ取ろうと意識してみる。
感じた神気のイメージを五感に置き換えて把握することが大切だとスイハは言っていたが、神によっては五感の一種として初めから完璧に把握している者もいる――というか不器用な奴以外は大半がそうらしい。
そりゃ俺みたいに前世の記憶持ちでなければ初めからそういう存在として生まれ落ちてるんだから当たり前か。常識が違う。
神気は体中に巡っている血液のようなもの。
俺に流れるそれの色は髪と同じ白色で、触れてみると温かいかもしれない。
――すると美味しそうな匂いが脳内にイメージとして投影された。
俺の想像の結果っていうよりは、神気を感じ取ろうとする俺へ向けた神気側のアンサーって感じだ。べつに神気に意識があるわけじゃないが――って、え、なに、俺の神気ってこんな美味しそうな匂いしてるのか?
ほかほかご飯の湯気みたいなもの?
でも相手がどう感じるかは相性によるんだろうか。
それも試してみればわかるかもしれない。
コムギとミールが話している声が近いのに遠く感じる。それを聞きながら神気を広げるイメージを加えてみた。まるで手の平を伸ばせる範囲が一気に広がったような感覚がある。
ウサギ。ウサギだ。
森にいる獣の中からウサギを探す。きっとまだ狩ったもの以外も近くにいるはず。
そして木陰でそれを見つけた俺は、ウサギを呼ぶように神気を触れさせた。
「……よし! 綺麗に血も抜けたし手も綺麗にしたし、そろそろ出発しましょうか、シロさ――」
笑顔で振り返ったコムギが目を点にして固まる。ミールもまったく同じ顔をしていた。
そして俺はというと、沢山のウサギに囲まれた状態で苦笑するはめになっていた。
いや、うん、まさかこんなに効果があるとは思わなかった。ほんの一、二羽でよかったのに二十羽はいる。森の賢者か何かか。もう少し手加減しろ俺の神気。
「お、俺って動物に好かれるみたいなんだ、あはは……」
そう苦しい言い訳をしながら決心する。
神気のコントロールをもっと上手くできるように訓練しよう、と。
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