第7話 シロの神気
――『食事処デリシア』の用心棒として雑用もこなしながら暮らすこと数日。
ようやく人間界にも慣れてきたが、まだまだ未知なるものは沢山あった。
昨日なんて牛を狙って小型ワイバーンなんていうファンタジーなモンスターが出てきて腰を抜かしたくらいだ。
ただこれくらいのモンスターだと俺の神気に恐れをなすらしく、近づくと大慌てで逃げてしまった。
あの用心棒に食われると思って逃げたんじゃないか?
俺の正体を知らない野次馬がこそこそと話していたのを思い出す。
あれからたまに行儀の悪いフードファイトを見つけると頭を突っ込んで俺が勝つ、という初日のようなことを繰り返していたからだろうが、今どれくらい「健啖家の用心棒がいる」と村に広まっているんだろうか。
あまり有名になるとスイハたちに見つかってしまうんじゃ? という不安もあったが、今のところ追っ手の気配はない。助かるがこれはこれで不気味だ。
そんなある日、朝からコムギに呼ばれて階下に降りるとふたりとも何やら出掛ける準備をしているところだった。
「どこか行くのか?」
「はい、森へ狩りに行こうかと」
「狩り!?」
驚く俺に弓矢を見せてコムギは笑う。
「いつもは肉屋さんから卸してもらってるんですけれど、今日はどうしてもウサギ肉が足りなくて。そういう時はこうやって自分たちで狩りに行くんです」
「へー、なるほど……自給自足ここに極まれりだな……」
「そこでお誘いなんですけれど、シロさんも一緒に来ませんか?」
俺? 俺も行っていいの?
そう表情で訊くと、どうやら狩り中は店を閉めるため仕事がないらしい。
「留守番をしてもらってもいいんですけど、どうせならうちの豊かな森も見てもらいたいなって」
村人にとって森の豊かさは自慢のひとつなのだろう。
そういうことなら見に行こう、と俺も準備を始めた。
そういえば神気で動物が逃げちゃったりしないだろうか?
神気は操れるものだとスイハの元で色々学習した際に知ったが、俺はまだ不慣れでコントロールできていない。
ただ魔法に属性があるように神にも属性があるらしく、食事の神の場合は魔の属性に強くその他とは相性が良いか普通、というところだった気がする。うーん、詳しく書いてあった本も逃げる時に拝借してこればよかったなぁ。
とりあえず狩りの対象のうさぎが普通のうさぎなら大丈夫だろう。
(もし影響があるようなら腹が痛いって言って帰らせてもらおう)
俺の丈夫っぷりを間近で見ているふたりには信じてもらえなさそうだけど、まあそこはゴリ押しだ。
森の木々は青々とした葉を茂らせ、食べられる野草が栄え木の実も豊富に実っていた。
茂みの陰にはキノコ類もよく見かける。甘い砂糖水のような樹液が出る木も教えてもらった。
小型の弓を背負ったコムギ、そして大型の弓を背負ったミールの後ろに続きながら俺は森の中を見て回る。
たしかに豊かな良い森だ。ここなら遭難してもずっと生きていられる気さえする。
「キノコ類も八割が食べられるものなんですよ。ただ残り二割は毒があって危険なんで、不用意に触らないようにしてくださいね」
「わかった。……あの細いやつも?」
俺が木の根近くに生えているエノキのようなキノコを指すと、コムギは「それは食べられますよ。ちょっとだけ採っていきましょうか」と手慣れた手つきでキノコを採取した。
たぶん子供の頃からこの森と慣れ親しんでるんだろうなぁ……。
子供の頃のコムギ。物凄く簡単に想像できる。
「……! いました」
少しばかり想像を巡らせていると、コムギのそんな声が聞こえてきて現実に引き戻された。
視線の先には茂みからゆっくりと姿を現したうさぎの姿が見える。日本でペットとして飼われているような可愛らしいうさぎではなく、まさに野生! といった出で立ちだ。
筋肉質な体の中でも後ろ足が特に顕著で、頭と胴が首できっちりと分かれている。ずんぐりむっくりした可愛さはどこにもない。体長は60cmくらいだろうか。
よく見ておかないと茶褐色の体はすぐに自然に紛れて見失いそうだった。
隣でコムギが矢をつがえる。
(この距離から……!?)
直後、ピュンッと音をさせて矢がうさぎに向かって迷いなく飛んでいった。
惜しいことに途中で風が吹いて矢はうさぎの足元に突き刺さる。跳ねて逃げる姿を見てミールとコムギが最小限の動きで追い始めた。
プロだ……! お遊びでやってるわけじゃないんだ……!
それを肌でひしひしと感じながら、俺もなるべく音を立てないようふたりについていく。
自分にできることはあまりないかもしれないが、狩りをこの目で見ておきたかった。
ふたりが再び獲物を見つけたのは五分後のこと。
さっき逃げた個体ではなかったが、あっという間に矢をつがえてうさぎを射貫く。その姿はまさしく狩人だった。
その横顔を眺めていると、ぱっとこちらを向いたコムギと目が合った。
「どうしました? 疲れちゃいましたか?」
「ああいや、普段は可愛いけど狩りの時は綺麗なんだなぁって……」
「きれっ……!?」
あれ、失言だったかな? と冷や汗を流していると、コムギは顔を真っ赤にして両手で頬を押さえた。
「ききききれいなんて言うの、シロさんくらいですよ、もう……!」
「いや、コムギはきれいだぞ」
「パパまで!」
「ママにそっくりだからな」
さらっと惚気られた気がするが、悪い空気にならなくてよかった。
そのまま談笑しながら近くの川で血抜きをし、あと四、五羽狩ってから戻ろうという話になる。
「今度はシロさんもやってみますか?」
「そ、それが弓は一度も使ったことがなくて」
コムギとミールは不思議そうな顔をした。この世界で生きていく上で弓矢のスキルは必要不可欠なものだったんだろうか。
しかし下手な奴はどこにでもいるらしく、俺のこともそうだと思われたのか深くは追及されなかった。代わりに「今度教えますね!」とコムギが張り切り始める。
(せっかく毎日まかないとして美味いものを食わせてもらってるんだから、俺ももっと役に立ちたいんだけどなぁ……、……そうだ!)
神気と相性が悪くて逃げたなら、相性が良いならコントロール次第で呼び寄せることもできるんじゃないか?
ぶっつけ本番だがこれでコントロールのコツを掴めれば一石二鳥だ。
ダメで元々、俺は目を閉じて自分の神気を意識してみる。
体中に巡っている血液のようなもの。色は俺の髪と同じ白で、温度はない。
――なんとなく美味しそうな匂いが脳内にイメージとして投影された。
え、なに、俺の神気ってそんな美味しそうな匂いしてんの? 温度はないのに湯気みたいなもの?
これも相手がどう感じるかは相性によるんだろうか。
コムギとミールが話している声を遠くに聞きながら、その神気らしきものを広げるイメージを加える。
うさぎ。うさぎだ。
森の中にいる獣の中からうさぎを探す。きっとまだ狩ったもの以外も近くにいるはず。
木陰でそれを見つけた俺はうさぎを呼ぶように神気を触れさせた。
「……よし! 綺麗に血も抜けたし手も綺麗にしたし、そろそろ出発しましょうか、シロさ――」
笑顔で振り返ったコムギが目を点にして固まる。
俺は沢山のうさぎに囲まれた状態で苦笑いした。いや、うん、こんなに効果があるとは思わなかった。ほんの一羽でよかったのに二十羽はいる。もう少し手加減しろ俺の神気。
「お、俺って動物に好かれるみたいなんだ、あはは……」
そう苦しい言い訳をしながら、俺は決心する。
神気のコントロールをもっと上手くできるように訓練しよう、と。
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