第6話 失敗作の食し方

 まず焦げたパイ生地は中の具と適度に混ぜながら食べる。


 もちろん炭をそのまま食べたような苦みとジャリジャリ感があるが、俺はこれが嫌いじゃない。

 昔は焦げがガンの原因になるって言われてたこともあるけど、人間の場合はびっくりするような量の焦げを何十年も食べる必要がある。もちろん何でも食べ過ぎたら毒になる可能性があるから、普段はそこまで気にしなくてもいいけど、気になるなら焦げを削ぎ落してもいいと思うが。

 単純に不味いから残すくらいの認識でいい。


 そして俺は嫌いじゃないから食う、それだけだ。


 それに神様になってから胃腸の不調もなく健康そのもの、まさにいくらでも食べれる体質になっていた。これなら一日でファミレスのメニュー全制覇も出来るかもしれない。

 いや、もしかすると前世の体でもいけたかもしれないんだが、なにぶん金がなくて挑むことすらできなかったんだよな……。

 ほろ苦い思い出に浸かりつつ、焦げのドームが消えたところで食べやすいように切り分けてもらった。パイの底の部分が固くて、切るたびに皿がゴトンッと跳ねる。

 コムギはまだ「本当に大丈夫なんですか……?」といった恐る恐るといった様子だが、失敗作でも食べてもらえるのが嬉しいのかそれが表情に出ていた。

 中のミンチはきちんと火が通っていたが、玉ねぎと人参はやや生に近い。でも問題なのは食感だけで、野菜は前に確認した通り素材そのものが美味いから悪くはないんじゃないか?

 俺リクエストのトマトもばっちり詰まっていた。

 ただ潰してあっても存在感のある皮が固くて、咀嚼していると口の中に残ってしまう。

「あっ、すみません、お皿に出してもらっていいので……」

「へ? いや、噛めばその内ちゃんと潰れるし大丈夫。それに腹に溜まるから俺は好きだなぁ」

 素直にそう感想を口にすると、コムギは頬を染めてほっとした。



 食べ終えたところで紙ナプキンで口元を拭き、ごちそうさまですと両手を合わせる。

 空になった皿を見てコムギはぱあっと表情を明るくして喜んだ。

「自分で作ったものを最後まで食べてもらえたのは初めてです……!」

「えっ、ミールさんに食べてもらったりとかは」

「パパは、その、私が練習するって聞くとすぐ逃げちゃうので……」

 あれは逃げてたのか。

 しかし逃げるってことは昔はきちんと試食まで付き合っていたんだろう。あれだけの腕の料理人が逃げ出すとは、コムギの料理下手は筋金入りかもしれない。

「おかしいですよね、パパにしっかり習ってもなぜか途中からおかしくなることばかりで……レシピもかなり細かく書いてあるんですよ」

 コムギはノートを取り出すと、そこに図を交えて書かれたレシピを見せた。

 たしかにわかりやすいレシピだ。ほとんど素人に近い俺が見てもそう思う。

 緊張しすぎだとか、失敗続きで成功体験不足だとか、そういう実際の調理スキルとは関係ないところに原因があるんじゃないだろうか。

 会ってまだ少ししか経っていない俺にわかることなんて一握りだけれど、料理を頑張っている人は誰であれ応援したい。

「……コムギさん、これからも練習したら試食させてくれないか?」

「えっ!?」

 自分から試食を申し出る人間なんていなかったのだろう。

 コムギは仰天した様子でわたわたした後、


「よろしくおねがいひますっ!」


 そう盛大に噛んだ。



「まさかコムギの料理も完食してくださるとは……!」

 店の裏でミールが声を潜めて感激する。

「黒い球体が出てきた時はさすがにビビりましたけどね」

「目に浮かぶようです……」

 昼休みから戻ったミールは俺が店の裏で薪を割っていると知り、こうしてこっそりと出てきて試食は大丈夫でしたかと訊ねてきたのだ。たしかに料理の腕を知っているなら心配になるだろう。

「昨日のシロさんの食べっぷりなら大丈夫だろう、と思いつつ……注意ひとつもせず無責任なことをしてしまい申し訳ありません」

「えっ!? いや、コムギさんを傷つけないためですよね? ずっとコムギさんの近くにいたから、もし注意してたら彼女の耳に入ったでしょうし……」

 ミールはアホ毛をしょげさせて頷く。

「娘が頑張っていることはよく知っているのです。小さな頃から料理に興味を持って、妻と料理の練習をしていました。不思議なことにその頃はあそこまで奇抜な失敗をすることはなかったのですが……」


 聞けば奥さんが流行り病で亡くなってからというもの、いくら付きっ切りで教えても数秒目を離している間にとんでもないことになるのだという。

 じゃあやっぱり精神的な問題なんだろうか……?

 コムギの料理下手の原因はわからないが、練習に付き合うことならいくらでもできる。試作品だって絶対に無駄にはしない。

 そう伝えるとミールは目に涙を浮かべて、


「なんて良い人なんでしょう……ぜひ宜しくおねがいひまふ……ッ!」


 娘よりひどい噛み方をしたので、不謹慎ながら俺は必死に笑いを堪えたのだった。

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