第5話 困ったことに、その名はミートパイ

 時は流れて昼時を少し回った頃。

 客足も落ち着いたこのタイミングでミールは昼休憩を取る。


 田舎であるためか休憩の長さは大雑把、特に今日はコムギが厨房を借りたいと事前に申し出たため少し長めに休憩するとのことだ。

 こういう自由気ままなのって憧れるな。ただここの料理屋は夕方から夜にかけて物騒すぎるのが難点だが。

 休憩中の札を出入口の扉に掛け、コムギは張り切って厨房に引っ込んだ。


 ミートパイというリクエストは出したものの、コムギがどんな食材をどういう風に調理するのか興味があったため見学を申し出た――んだが、俯き気味に「恥ずかしいんでダメです……」などと言われてしまったので、俺はテーブルに座って完成を待つだけになった。

 たしかに調理してるところを見られるのが苦手な人っているよな。

 それに俺に頼んだのが『試食』ってことは習作なんだろうし、余計に見られたくないのかもしれない。


 なら心ゆくまで練習してほしい。全部食うから。

 そう思いながら待っているあいだの時間を潰す。


 この時間で雑用があればこなしたかったが、店内の掃除はすでに完了しているため仕事という仕事がない。

 ゴミ捨ては閉店後に行なうらしいのでこれもNG、そもそも早く出しすぎると野生動物が集まりやすいそうだ。少し離れた場所に森があるから警戒が必要みたいだな。

 ちなみに集めたゴミは村の端に存在している専用の施設でまとめて肥料に変換され、定期的に各畑に配布されるという。


(ほんと衣食住の食だけ突出してるなぁ……)


 それでも食が突出している代わりに残りの二つが雑に扱われているわけではないのが凄い。

 たぶん魔法の存在が大きいんだろう。使えるのはごく一部の人だけらしいが、もし魔法の関わった品の値が張ってなかったらもっと文明が発達しててもおかしくない。


 ……。

 ……そんなことを考えながらどれくらい経っただろうか。

 スマホがあれば時間潰しに最適だったのになぁ。


 俺はゲームより各地のグルメ情報を収集したりレビューを見たり、380度見回せる例のマップで店の前まで行って食べた気になったりするほうが好きだった。

 最寄り駅から店に向かうところとか、注文するところもイメージして味はレビュー内容から想像で補うんだ。これが結構楽しい。腹は減るけど。

 ただ地味な趣味だから友達に話したことはない。


 別段裕福でもなかったので遠い店や高い店に実際に出向くことはあまりなかったが、想像の中だけでも美味いなんてやっぱり料理は凄いな!

 ……が、ここではそれを行なえないため、代わりに今日食べたものを頭の中で反芻することにした。


 この店の用心棒という職には喜ばしいことにまかないが付いてきたので、朝飯は大きな焼き魚とライス、からあげとサラダ、そして味噌汁をセットで頂くことができた。調味料とかも前世と似ているのか口に合う。端的に言うと超うまい。

 しかし昼も過ぎれば腹が減る。

 そろそろかなぁ、とそわそわしながら待っていると厨房から「お待たせしました!」と声だけが先に出てきた。焦りすぎだが可愛らしい。

 遅れて出てきたコムギは両手で持った皿を俺の前に置く。


 それは黒い球体だった。


「……ん?」

「ミートパイです!」

「……んん?」


 ミートパイってこんなだっけ?


 今まで名称と料理の外見がきちんとシンクロしていただけに脳が混乱する。

 まさかミートパイだけ同じなのは名前のみで、前世のミートパイとは異なる存在ってことはない、よな。判断材料がまったくないから言い切れないのが恐ろしいが。


 ――いや、マジでミートパイってこんなだっけ?

 ここまで「さ」と「ち」を間違えた黒い球体みたいな外見してたっけ?


 もしかしたらこういう芸術的な仕掛けなのかも。外の殻をパリパリと割ったら中から主役がふわっとした香りと共に出てくるやつ。

 とりあえず気を取り直してフォークを手に持ち……フォークでいいよなこれ? 手に持って構えた。

 コムギは隣でどきどきしながら様子を見守っている。


 さく、とフォークを入れると真っ黒で艶やかな外皮がパラパラと崩れ、その時点で俺はこの黒い部分が限界まで膨らんで均等に焦げたパイ生地なのだと悟った。むしろ逆に器用すぎるぞこの焦げ方。

 続けて中から黒と赤紫の煙がふわっと出てくる。

 動きだけは美味しそうだが、まるで魔女の窯から溢れた煙のようだった。ハロウィンに似合いそうだ。


 この煙にはさすがにコムギも焦ったのか「ま、また失敗してる……!」と慌てていた。その前に黒い球体であることは失敗のうちに入らなかったんだろうか。

 ここで得心がいった。


(そうか、この子は料理下手なんだな)


 下手のレベルが大変なことになっているのはさておき、料理屋の娘なのに料理下手というのは本人にとってもかなりのプレッシャーだろう。

 だからこそこうして練習しているのかもしれない。


 だが任せてほしい。

 俺は不味いものでも可食である限り食ってみせる。

 なぜならどんなものであれ、消化が可能なら『食べ物』だからだ! 俺は薬でさえ食い物判定を出すぞ!


「あの、シロさんすみません。頑張ったんですけどちょっと失敗しちゃったみたいなんで、お腹を壊すといけないですし破棄――」

「コムギさん。大丈夫だ、個性的で良いミートパイだな」


 俺はにっと笑って言った。


「いただきます!」

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