第4話 『用心棒』の初仕事

 倒れた男ふたりは命に別状はないと伝え聞いてほっとした。さすがに人死にを目撃するのは勘弁してほしい。


 あれからすべての料理を平らげた俺は、コムギに宿の場所を訊ねた。

 するとこの料理屋は小規模ながら宿屋も兼任しているらしく、二階に三部屋ほど空きがあるというので貸してもらうことにしたのだ。

 もちろん文無しであることも伝えて。

 伝えた後にバイトがないか訊ねようと思ったんだが、そこでコムギから思わぬ申し出を受けた。


「こ、ここって村の中で一番物騒なんです。今回はまだ穏便に済みましたけど、盛り上がりすぎて家具が壊されることもあって……なのでシロさん、この村に滞在している間だけでもいいんで用心棒になってくれませんか?」

「用心棒?」

「フードファイトが強い人は一目置かれるんです。どうしても必要なフードファイトならいいんですけれど、ああいう賭け目当てのフードファイトは私……あまり好きじゃなくて……」

 ああ、それなら俺も同意見だ。


 ――というわけで、俺はこの店の用心棒という職を得たのだった。

 もちろん何事もない時は店の手伝いや……必要ならちょっとした料理もするつもりだが、どうやら厨房担当は他にいるらしい。

 そういえばたしかにコムギは料理を運ぶのに大忙しで、厨房には短時間しか入っていなかった。彼女が作っているものとばかり思っていたが、どうやら凄腕の料理人がいるらしい。


 そう思っていると紹介されたのがコムギの父、ミールだった。

 浅黒い肌に黒い髪はコムギにそっくりだが、とにかく縦にデカい。厨房へのドアを少し身を屈めて通らなくてはならないほどだ。いっそのことドアを作り直したほうがいいと思う。

 ミールが頭に被っていた白い帽子を取ると、その下から短いアホ毛がぴょこんと飛び出した。ああ、うん、父子だ。

「フードファイト中に数々の誉め言葉を頂いたようで。纏めてになってしまい恐縮ですが、ありがとうございます」

「い……いえ、本心を伝えただけですから……あっ! 最初に出てきたピザ、めちゃくちゃ美味かったです! シンプルな具しかのってないのに濃厚な味わいで……」

「わかりましたか! あれは出汁を沁み込ませたツナをチーズに混ぜて焼いたものなんです。じつは人様にお出しするのは今日が初めてで、……」

 ミールは嬉しそうに目を細める。

「こだわった部分に気づいていただけた上に、こうして感想まで……本当に夢のようです」

 ここはそんなにもフードファイトの戦場にされることが多いんだろうか。

 訊ねてみるとこの村の中でも調理スピードがピカイチで早いこともあり、フードファイトを望む者が集まりやすいのだという。折角の調理技術が余計に自分の首を絞めることになるなんて可哀想だ。……なんていうのも俺の勝手な感想だけど。


 普通の食事をしに来る者もいるが、フードファイト中は席を外すことも多い。

 もちろんフードファイトを目当てに来る者もいるが、たとえばプロレス好きでも真横でレスラーにドンパチされちゃ食事どころじゃないって人間は多いだろう。それと同じだ。

 自分の料理を楽しんでほしい店長の想いとは反対の現状に俺も自然と眉尻が下がった。

「あの……俺、じつは事情があって世間知らずでわからないことも多いんだけど……用心棒、頑張ります。だからこれからも美味しい料理を作ってください」

 俺がそう言うと、父子は声を揃えて「お願いします!」と笑った。



 俺の部屋は二階の突き当りで、自然と朝日が窓から射し込む目覚まし時計いらずの部屋だった。

 もちろん曇っている時は自力で起きないといけないが、寝起きは悪いほうではないので大丈夫だと思いたい。

(まあそもそも目覚まし時計がないんだけど)

 この世界の機械技術は低いらしく、時計はあるものの目覚まし機能は付いていなかった。代わりにそれらの技術を補助する魔法が広く使われている。医療技術に回復魔法の話がくっついてたのもそれだろう。

 調理器具の類は魔法で補っており温度管理もバッチリらしいが、魔法は高くつく。そのため贅沢品……時計で言うなら目覚まし機能にまでは手が回っていないようだ。

 とはいえ、と俺は窓から外の様子を見ながら思う。

 村人は朝からしゃっきりと目覚めてテキパキと動いていた。

 きっと、もし目覚まし機能が簡単に付けられるようになっても彼らには必要ないものだろう。


 朝の支度をして下に降りると朝食を取る数人の客とコムギの姿が目に入った。

 まったりとした空間にコーヒーの香りが漂っている。ああ、この雰囲気は好きだ。

「おはよう。……昨日の騒ぎが嘘みたいだな」

「おはようございます! はい、朝は比較的平和なんですよ。仕事もあるのでフードファイトが必要なトラブルがあっても「なら夕方にここへ集合だ!」ってなることが多くて」

「口頭で果たし状突き合わせてる感じか……」

 この村の日常生活は自給自足がメインのようだ。なら仕事をきちんとした時間にやりきらなくては生活もままならないだろう。動物だってちゃんと時間内にエサをやらなくてはならないし、畑の手入れも怠れば良いものは出来ない。

 それをしないまま下手をすれば倒れてしまうフードファイトをおこなうのは危険だ、と誰もがわかっているようだった。

(でも例外はありそうだな、ちゃんと用心棒として頑張らないと)


 さて、まずは店先でも箒で掃こうか。

 それとも仕込みの手伝いをする?

 料理はほどほどしか出来ないが皮むきや卵を割るくらいならいくらでもできる。なにせ食材は料理の素、要のようなものだ。そのためなら単純作業でも苦じゃない。

 そう考えていると「……頼みたいことがあるんです」とコムギが控えめに言った。

 なんだろう、そんなにも頼みにくいことなんだろうか?

 色んな想像をしながらコムギの言葉の続きを待つ。

 すると彼女は言い辛そうに、そして恥ずかしそうに声を潜めてこう続けた。


「……わ、私の料理を試食してくれませんか」


 試食?

 それだけ?

 俺は不思議に思ったが、そうか、料理に関してはミールが仕切っているためコムギはまだ修行中なのかもしれない。父親にすぐ味見をしてもらうのは怖いので俺というワンクッションを挟みたいってところだろう。

「俺でよければいいよ」

「ほんとですか! ありがとうございますっ! じゃあシロさんは何が好きですか? リクエストはあります?」

「好きなもの……」

 未だにわからない好物のことが脳裏を掠めたが、説明しようがないので他のもののほうがいい。

 聞けばミールが昼休憩に入っている間に厨房を借りるのだという。なら昼に見合った少し重いものがいいかも。

「あー……ならミートパイって作れるかな? トマトがいっぱい使われてて肉もよく詰まったやつ」

「はい! できま――」

「それをとりあえず一抱え分くらい」

「でき……できます!」

 コムギは腕をふんっと曲げて「任せてください!」と言ってみせる。力こぶは驚くほど出来ていないが力強い。

 俺はミートパイを楽しみにしながら、時間まで食器を下げたりテーブルを拭くことにした。

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