第10話 お前にフードファイトを申し込む
「いやぁ、良い試合だった! 今回もウチの野菜を美味そうに食ってくれてありがとよ!」
「良いラム肉だったろ? 今度質の良いマトンも卸したげるから楽しみにしてな」
「ミルクをあんながぶがぶ飲む奴ァ、ミルクボトルくらいしか知らねぇぜ!」
野次馬たちが俺の背を叩いたり頭を撫でたりしながら散っていく。
やっぱり美味しく食べてくれる人間っていうのは生産者として嬉しいものなんだろうか。
(あ、たしかに俺も学校で育てたカイワレ大根を母さんに美味しいよって言われた時は嬉しかったな……)
長い年月をかけて技術を成立させて、何年もかかってそれを勉強して、そうして作り上げたものなら尚更だろう。神聖なフードファイトに使われて嬉しいって気持ちとはまた別のものだ。
納得しているとコムギが食器を片付けながら笑った。
「ありがとうございます、シロさん。今回も助かりました」
「いや、それより今日も凄い量の料理をありがとう。ミールさんは大丈夫かな?」
「あはは、食材と仕込んでいたものが減ったんで買い出しに出てます。一部メニューは制限されますけど、たぶん午後は普通に営業できますよ」
よかった、フードファイトだからってすべて食べ尽くしたせいで今日は臨時休業とかになったらどうしようかと思った。
安心しているとリグチーズが医者に運ばれていくのが見えた。目覚めた時に一体いくら請求されるのかはわからないが、後は野となれ山となれだ。
さて、俺も仕事に戻ろう。
コムギが裏に引っ込んだのを見送り、そう腰を上げた瞬間だった。
バンッ! と乱暴に開いた扉。心底びっくりした俺はイスに躓いて転びそうになる。
俺はこう見えて音で驚かせてくるタイプのドッキリ演出が苦手なんだからやめてくれ! と非難の視線と共にそちらを見ると――王子がいた。
いや、うん。
金髪碧眼のハンサムな王子ではない。
それでも一目で王子だとわかった。
金髪碧眼なのは頭の中の王子像と合致してる。
そいつはその髪を丸みを帯びたマッシュルームカットにし、後ろだけネズミの尻尾のように束ねてちょろっと出していた。
そして緑色をした縦縞のカボチャパンツ……王子様パンツとでもいうんだろうか、そこから伸びる白タイツに包まれた足。
後ろにはここへ入る前に敷いたらしい絨毯を片付ける付き人ふたりと、まさに『じいや』といった雰囲気の男性がひとりいる。
言っちゃ悪いが道化系の王子キャラだった。
「我が名はビズタリート・フルーディア! このフルーディア王国の第四王子であーる!」
口を開いても道化系の王子キャラだった。
ビズタリートと名乗った王子は目を細めて店内を見回す。
「ここにコムギという娘がいるな? ここへ連れてこい」
「コムギさんに一体何の用ですか」
一応王子ということで敬語を使いつつ問い掛けてみると、ビズタリートはそこでようやく俺の存在に気がついたらしく片眉をにゅっと上げた。
「この店の店員か?」
「用心棒をやってます。なのでコムギさんに直接会わせる前に理由を聞かせてください」
アンタは明らかに怪しいです、と言っているも同然だがその通りなのだから仕方ない。
ビズタリートは「ふん」と鼻を鳴らしてふんぞり返った。
「花嫁を迎えに来たまでよ」
「は、はなよめ?」
突然何を突飛なことを言い出すんだ。
それとも以前から婚約していたのだろうか。
もしそうなら俺からとやかく口出しする権利はない。ないが――こんな趣味の悪い王子にコムギを嫁がせるのはなんだか嫌だ。
「シロさん? お客さんですか?」
まだ再開店の準備が整っていないのに客が来たなら説明しなくてはならない。そう思ったのか奥からコムギが手を拭きながら出てきた。
それを見るや否や、するするとテーブルの間を高速で移動したビズタリートがコムギの目の前まで移動する。
かなり凄い身のこなしだが気持ち悪い。
ビズタリートは仰々しい動きで片手をコムギに向かって差し出した。
「コムギ・デリシア! 森での美しい狩りを見て気に入った。このボク、ビズタリート・フルーディアの花嫁になることを許そう!」
「へ……へぇ!?」
「はぁ!?」
俺とコムギはほぼ同時に声を上げた。
誰だってこんなセリフを大声で吐かれたらこうなるだろう。
「え、ええと、森で見かけて気に入ったってことは……元から知り合いとかじゃ……」
「な、ないですっ!」
ビズタリートが答える前にコムギが素早くそう言った。誤解されては困るといった様子だ。
対してビズタリートは不遜な態度で話を続ける。
「もともと顔見知りだったかどうかに何の意味がある? ボクがお前を見初めた、それだけで十分ではないか」
「不足にも程があると思うんだが」
思わず敬語が消え去ってしまった。
ビズタリートはもう一度片眉をにゅっと上げる。
「さっきから邪魔な店員だな。いや、用心棒だったか? ……じいや」
ぱちん、とビズタリートが指を鳴らすと後ろに控えていたベスト・オブ・じいやな男性がそっと革袋を取り出した。
ビズタリートはそれを受け取り、その流れのまま俺の足元に放る。
――がちゃん!
そう音をさせて落ちた革袋には大量のコインが入っているようだった。
「金貨だ、四百万ザラはあろう。それを持ってどこへなりと行け。足りなければ特別に追加要求も受け付けてやろう、庶民の生活は大変だと聞くからな!」
「な……」
「金のために働いているんだろう? 願ってもないチャンスだぞ。計算が出来ないならボクが教えてやるが、少なくともそれだけあれば家も買えるし庶民程度の暮らしならしばらく働かなくてもいい」
だからさっさとどこかへ行け。
そう言い放ったビズタリートを俺は睨みつける。
「……今はっきりした。俺はこの店の用心棒としてアンタをコムギに近づけるわけにはいかない」
俺の声音から怒気を感じ取ったのか、慌てたコムギが一歩前へと出た。
「お、王子! お言葉ですが……その、私恥ずかしいことに料理がまったくできないんです。王族は調理技術の会得が必修科目と聞きました。私にはそんなこと――」
「調理技術だけでなく頭も足りないのではないか?」
フン、とビズタリートは鼻を鳴らす。
「お前はボクの花嫁となるが、王族に入れるわけがなかろうに。そんなことをすればお叱りを受ける。ちょっと考えたらわかるだろう」
「え、っと……それはつまり……」
「コムギ、お前は僕の第二十五番目の花嫁。つまり愛人だ」
隣でコムギが冷や汗を流しているのがわかった。
今の今まで会ったこともなかった男に貶され、愛人になれと言われ、しかし王子という立場から逆らえず小さく震えるしかない。
そんな様子を俺は見たくなかった。
コムギは笑っているほうが似合うのに。
その顔を曇らせた目前の男を一発殴ってやりたくなる。二発でも三発でもいい。
しかしそれは誰の目から見てもわかる暴力だ。
すべてをフードファイトで決するこの世界に暴力は存在しない。つまり暴力を振るわれる側もまったくの無防備になる。知らないものは防ぎようがないからだ。
そんな相手をこぶしで負かせてもコムギは救えないし、ありえないものを見せてしまったコムギの心に傷をつけてしまうかもしれない。
それなら――
「ビズタリート・フルーディア!」
俺はテーブルの上に残ったままだったフォークを力一杯握ると、それをビッとビズタリートに突きつけて言う。
もしこの真っ白な髪が炎ならば、業火のように逆立つほどの怒りを込めて。
「――お前にフードファイトを申し込む!!」
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