拾伍

 陽平はいつになく饒舌な沙夜に面食らった顔をしつつも、いそいそと此方へやって来ると、そのまま俺の隣に座った。


「なぁ?一体どうしちゃったのよ?」


 完全に一人だけ雰囲気に乗り遅れた陽平は、こそりと俺の耳元で囁いた。

 当人としては耳打ちのつもりだったのだろうが、皆が黙りこんでいる為、きっとしっかり全員の耳へその声は届いただろう。


「まぁ、ちょっとな……」


 皆が辛抱強く待ってくれている手前、堂々と説明するわけにいかず言葉を濁す。

 陽平は、そんな煮え切らない俺の態度に、全く意味が解らないと言いたげに肩を竦めるも、それ以上訊かず大人しく沈黙の輪に加わった。

 俺からすれば、陽平が来た事でかなり救われた気分だった。

 日頃から口数の少ない沙夜や蓮、完全に沈みきった美衣子、と言うこの面子で部屋に籠り続けているのは、流石にもう限界だった。

 そんな中で、この雰囲気を打開しようと画策するように他の連中を窺っている陽平が隣にいることは、幾分も俺の心を軽くしていた。

 陽平が来たのは、一限の予鈴が鳴る五分前だった。

 いつも遅刻ギリギリな奴なので、その時間にやってくるのは別に不思議な事ではない。

 先程俺が携帯を鳴らした時も、まだ家を出たばかりだと言っていたし。

 あと少ししたら涼子も来るだろう。

 そうしたら全員が集まった事になり、話し合いが開始される。

 そして、いざ話し合いが始まれば、俺が美衣子の代わりに今までの経緯を説明し、更には今日の夕方に揃って若宮神社に行くことを了承してもらわなくてはならないのだ。

 ならばせめて、今のこの通夜の晩のような沈みきった空気が、陽平の力で少しでも軽くしてくれたら、と願うばかりだった。

 締め切られた教室の中、壁越しに感じていた僅かな人の気配も段々と鳴りを潜め、室内には備え付けの時計が時を刻む音がやたらと響くようになってきた。

 そろそろ講義開始の時刻が迫っている。

 完全に一限は皆揃って自主休校という事になりそうだ。

 講義が主に行われる本館とは距離が離れた別館に位置するこの空き教室で、前方にいる人間の顔だけを眺めながら、時間は刻一刻と過ぎていく。

 ここまで待たされると、涼子は本当に来るのだろうか、という気になってきた。

 しかし全員が一様に閉口したこの状況では、そんな些細な事を訊ねる事さえ憚られた。

 窓から何から締め切っているせいで、室内の空気はどんよりと重い。

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