拾陸

 長期の緊張状態が続いているせいで、身体を動かしたいという欲求に苛まれ始めていた。

 結局、涼子が俺達の元に姿を現したのは、講義開始の鐘とほぼ同時だった。


「ったく、なんだよ。朝っぱらから……」


 久しぶりにドアが開かれ、淀んだ室内にやっと風の流れが発生した。

 よくここまで耐えたな……俺……

 やっと全員が集まった事に、俺は思わず脱力しそうになる。

 でも、謂わばこれからが本番だ。


「なんだよ……皆むっつり黙って……」


 涼子は、朝方のせいか、虫の居所が芳しくないようだった。

 長い髪をうざそうにかきあげ、斜に構えるように教室へと入ってくる。

 俯いたまま考え込むようにしている皆の様子に、涼子は渋々ながら唯一空いた空席へとどしんと沈み込む。

 これで全員が揃った。

 やたらとゆっくり長々と鳴り響く鐘の音を聴きながら、周囲を囲む皆の表情をぐるりと見回す。

 皆、それぞれ違うながらも戸惑いと緊張感を持った面持ちをしていた。

 考えてみれば、大学に入ってこいつらと出会ってからというもの、ふざけあってばかりで、真剣に話した記憶はなかった。

 美衣子以外の全員が顔を上げ、固唾を飲んで俺の言葉を待っている。


「それじゃあ、拓真くん……話して?」


 この集まりの司会進行を務める、沙夜が皆を代表して、俺を促す。

 俺は、一つ頷いて、再度全員を見回し、大きく深呼吸した。

 全員が揃った空き教室の中で、俺は皆の視線を一手に引き受け、慎重に口火を切った。


「どう説明すりゃぁいいか、わかんねぇんだケド……お前らこの間肝試ししたよな?」


 色々悩んだ癖に、結局場に相応しい話し方は思い付かなくて、俺はいつも通りの口調を選んだ。

 先ずは、確認作業からだ。

 何を言われるのかと構えていた皆は、訝しげな顔をしつつも、頷いて肯定の意を示した。


「それでだ……すっげぇ簡単に言うと、そん時に美衣子が何かにとり憑かれたみてぇなんだよ」


「はぁ!?」


 意を決して言った俺の言葉に思い切り疑問符を上げたのは涼子だった。

 しかし、これは予想の範囲内だった。

 普通の人なら、突然酔狂な事を言い出したと眉を潜めるのが当たり前だ。

 むしろ涼子の性格なら、「ガキじゃあるめーし」と説教を始めてもおかしくない。

 美衣子もそれを案じて皆に話す事を躊躇ったのだろう。


「わざわざこんな朝っぱらから呼び出して、真剣な顔して何を言うかと思えば……」


 心底呆れたと言うように、涼子は椅子の上で脱力する。

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