拾肆

 イナリの指す『この間』がいつの事なのか、俺は直ぐにピンと来なかった。

 頭の中が唯でさえごちゃごちゃしているからだろう。


『ほらっ、前回ガッコウに来とって、飯食うてた時や!』


 イナリも表情から俺が思い出せていない事を悟ったのか説明を付け加える。

 でも、やっぱりピンとこない。


『まぁ、思い出せんかったらそれはええ。んな事より、そん時気付いた事自体が重要なんや。あの娘、ちぃっとばかしだが、霊気みたいな匂いがする。この前はもっと希薄やったけど、今はこの前よりは強ぉなっとる。なんか関係あるかもしれん』


 一息にそう言って、短い手でその人物を指差す。

 イナリの毛むくじゃらで丸みを帯びた指先は、真っ直ぐに沙夜へと伸びていた。

 思わず普通に答えそうになって、咄嗟に口を押さえ、イナリに解ったという意を頷いて示し、再び思考の渦に沈む。

 今のイナリの話を新たな情報として含めると、沙夜も本人すら気付かないところでやはり祟られているのかもしれない。いや、もしかすると、沙夜が黙っているだけで、自分も怖い思いをしているからこそ、美衣子の異変にもいち早く気付いたのか?

 どんどんと迷宮入りしていく思考から抜け出せないまま、視線を游がす。

 ふと蓮と目が合った気がした。

 蓮は目が細いので、きちんと視線が噛み合っているのかが判りづらい。

 同時に、何を考えているのかも読みづらいのだが……

 しかし、良く良く見れば、蓮の目線の先は、俺よりも少し上……イナリがいる方向へと向けられているように見えた。

 まさか……視えるのか!?

 しかし、今迄はイナリが騒いでいようとそんな素振りは見られなかった。

 もしかすると、俺の挙動や目の動きで気付かれたのかもしれない。

 誤魔化すように蓮を見、どうした?という感じで首を傾げて見せる。

 すると、同じように首を傾げ、軽く肩を竦める素振りが返ってきただけで、その真意は読み取れなかった。


バタンっ!!


 開いたドアの音が、静まり返った教室にやたらと反響する。


「おーい、どうしたんだ?突然呼び出して?」


 異様に重々しく響いたその音に対比するようなのほほんとした声と共に、陽平ようへいはやって来た。


「あれっ?俺……なんか滑ってる!?」


 皆の沈み込んだ表情に、陽平は失笑しながら、またもや間の抜けた言葉を発する。


「高塚くん、突然ごめんね。拓真くんが皆に話したいことがあるからって……」


 空気のギャップを感じて棒立ちする陽平に、沙夜がそう言って座るよう促した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る