拾弐


「ふぅ……あっきぃ、ごめんね?」


 俺の手を頭の上に乗せたまま通話を切り上げた美衣子が苦笑に似た笑みをつくる。


「気にすんな」


「あのね、沙夜ちゃんが……昨日の夜電話くれたみたい。……ずっと電波無かったからどうしたんだ?って……ほらっ、昨日あたしあんなだったから、ずっと携帯見て無かったし」


 美衣子はまるで言い訳でもするように、溜め息を溢しながらそう答えた。





 沙夜は、わざわざ校門迄出て、俺達を待ち受けていた。


「おはよー、沙夜ちゃんっ!」

「よぅ」


 手を振り駆け寄る俺達に、沙夜はヒシヒシと怒りのオーラを発してきていた。

 沙夜さやはそんなに強く物を言う娘ではない。けれど、人一倍思い遣りのある娘だから、いざとなると頑として厳しいところがあった。

 先程電話があった時も、美衣子は相当問い詰められたようだった。

 沙夜は、先日から美衣子の異変をなんとなく感じとっていたようだったから、もしかすると美衣子の様子を気にしていたのかもしれない。


「……お早う」


 ひきつった笑いを浮かべた俺達に、沙夜はブスリとした感じで一応挨拶を返してくる。


「何があったの?」


 そして、俺達が口を挟む余地を与えずにそう言った。


「…………」

「えーと、その……」


 途端に美衣子は下を向いて黙りこみ、俺は言い淀む。

 話さなきゃいけないのは解っていたし、元々話す予定ではあったのだけれど、いざとなると何からとっかかっていいものか迷ってしまう。


「あー、そのな……あれ?その指どうした?」



 切り口を探して言葉を選びながら、ふとそれが目に付いた。

 沙夜の左手の人差し指に包帯が巻かれている。

 確かこの間迄はそんな物無かった。


「あ……これは料理してたらちょっと切っちゃって……って、違うでしょ!?」


 沙夜はそう言ってぱっと左手を身体の後ろに隠す。


「あ、あぁ、でも大丈夫か?」


 沙夜は話を逸らされたことに不満そうだったが、なんとなくちょっと切っただけにしては大層な治療だな、と気になった。

 一瞬見えただけだが、切り傷にしては頑丈に、細く切られた包帯をぐるぐる、指が一回り太く見えるくらいに巻いていたようだった。


「うん、大丈夫だから気にしないで。それより、今は美衣子ちゃんの事だよ?」


 怪我した左手を俺達から遠ざけるようにして、沙夜はそう言った。

 どうあっても、今聞き出さなきゃ気が済まないという感じだった。

 美衣子は相変わらず俯いたままだ。

 彼女の口から何か言葉が出てきそうな様子はない。

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