拾壱

 流石に朝っぱらから徒歩で通学しようなんていう稀有な奴は他にはいないようだ。

 原付や自転車で横をすり抜けていく奴らが、物珍しげに、手を繋ぎ歩いている俺達をチラ見していっていた。

 丁度山の中腹辺りに来た所で、道は二手に分かれる。片方は太く、山頂へと伸び、もう一方は細く、山の円周を辿るようにゆるやかに左に折れている。

 俺達が目指すのは前者、山の裏側に出たいなら後者という事になる。

 因みに若宮神社はここを左折し、二、三分歩いた所に参道へと続く脇道がある。

 大まかに言えば、若宮神社は大学のお隣さんのような場所に位置しているという事だった。


♪~♪♪~♪~


 原付でサーっと通り過ぎるのとはまた違った景色に見える通学路に俺が想いを馳せていると、突然山道にそぐわない軽快な電子音が鳴り響いた。


「ごめんね、あっきぃ」


 音の発信源は美衣子のスマホだった。

 長いこと繋がれたままだった二つの手は、そっと離れた。


♪~♪♪~♪~


 煩いぐらいに鳴り続ける携帯の着信音に急かされて、美衣子は鞄を漁る。

 そんなに焦るくらいならもっと分かりやすいところに入れておけばいいのに、と思うが美衣子はいつもの事だとばかりに、気にしている様子もない。


「もしもーし!?」


 やっと携帯を掴み出した美衣子は、やたらにテンションの高い声で応答する。

 美衣子の耳元に添えられた携帯は、どっちが本体だ!?というくらいストラップがじゃらじゃらと揺れていた。


「……あ……うん」


 邪魔にならないよう口を閉じ、歩調を合わせてゆっくり進んでいると、突然美衣子の声は暗く沈んでしまった。

 見れば、表情も笑顔が凍りついてしまったように固くぎこちない。


「うん……うん……ごめんね……」


 どうやら、相手に何か言われているようだ。

 辛うじて浮かんでいた笑みですら、気まずそうに歪んでいく。

 美衣子の空いた左手は、所在無げに服の裾や鞄の辺りをさ迷っていた。


「うん……もう少しで学校着くから。うん……うん、じゃあ、その時に」


 俺の視線が気になったのか、パチリと美衣子と目が合った。

 美衣子の今日の服装は、白のインナーの上にテンション高めな蛍光グリーンのパーカーを羽織り、デニムのミニスカートというものだった。

 それらは、この間一緒に買い物に行った時に購入していた物だ。

 でも、試着して見せてくれたその時と違い、満面だった笑顔は見る影もなかった。

 その顔があまりにも切なげで、俺は思わず美衣子の頭へと手を伸ばしていた。

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