「あっきぃも一回お家帰る?」


 店の前で、腕時計の針が予想以上に進んでいない事に苦笑しながら、美衣子が訊いてくる。

 俺は、その言葉に一瞬迷ったが、直ぐに首を振った。


「いや、いいわ。陽平達捕まえなきゃいけねぇし、このまま行こうぜ」


 一度帰ってしまえば、たちまち布団という甘い誘惑に負けて、仮眠とは名ばかりの深い眠りについてしまいそうだった。


「そっか……じゃあ、歩いて行かない?」


 忘れていたとばかりに、陽平達の件に一瞬顔を曇らせた後、美衣子はそう提案した。


「え!?」


「ダメ?」


「んー、……解った。いいよ」


 悩んだ末、承諾した。

 と言うのも、内の大学は距離としては今居る場所から精々ニキロ程度なのだが、いかんせん山の上という立地のお陰で歩くとなると体力を浪費するのは否めない。

 原付は、徹夜明けということもあり、美衣子の家に置いて来た。

 そうなると妥当な交通手段は駅前から出ているスクールバスになると思っていたのだが……


「じゃあ、行こ♪それなら時間も丁度良いし、腹ごなしにもなるしね」


 美衣子は顔をパッと輝かせて、俺の手を引く。

 結構な体力浪費だと思うのに、何が楽しいのか、さっぱり解らない。

 もしかすると、これから学校に行き、皆に話すのが気重で、少しでも時間稼ぎをしたいだけなのかもしれない。

 でも、まるでピクニックにでも行くかのように、こんなに嬉しそうにしているのだから文句は言うまい。

 もし俺が、一度帰宅し布団に入り、充分な睡眠をとって、再び今の美衣子に再会したなら、昨日の出来事は悪い夢だと思う事が出来ただろう。

 それくらい、今の美衣子は朝方迄とは別人だった。


「そう言えば、この間の講義の時ね、あっきぃのお父さんがね……」


 繋がれた手を勢いよく前後に振りながら、美衣子は楽しそうに話している。

 俺は、食後という事も相まって、眠さが最高潮に達し、曖昧な相槌を返してばかりだった。

 駅前の雑踏を離れ、暫く進むと、木々に挟まれた山道に入る。

 山と言っても小高い丘程度の高さで、大層な名前が付いているわけでもないが、山道と言って間違いではないその道の先、頂上に位置するその場所に、俺達が通う大学がある。


「あっきぃ、眠いでしょ?」


「うん、まぁ」


「ごめんね?」


「いや……基本的にいつも眠い」


「ぷっ!そっか、いっつも講義寝てるもんね?」


 大学へと続く道程を、下らない会話を交わしながらも、着々と俺達は進んでいく。

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