「ほいよ」


 避けるのを止め、少しづつ渡すのも面倒なので、煮干しの袋ごと引き渡す。

 地陸猫神は両前足と口を使って袋を板の間に倒し込むと、袋に開いた小さな穴に手を突っ込んで一辺に沢山出そうと試み始めた。


『あっ!地陸!!お主不公平だぞ。分かち合おうという気はないのか!?』


『えー、てんちゃん要らないってさっき言ってたぢゃん!ボクがゴエンに貰ったんだもん!!』


 袋がわたった事を嗅ぎ付けて、天空猫神が隠れていた事も忘れて、飛び出してくる。

 地陸猫神は譲る気はないらしく、横から手を出されないよう袋に鼻先を突っ込み、小さかった開け口を拡げようとしていた。


「ふふ……ねぇ?ちーくん?さっきから気になってたんだけど、そのゴエンて何?」


 板の間の上で煮干しを取り合う二匹を微笑みつつ眺めながら、尊さんが訊ねる。

 確かに先程……いや昨日からか?地陸猫神は俺に対してそう呼び掛けていた。

 神様特有の言葉使いかと思って聞き流していたのだが、どうもそうでもないらしい。

 問われた地陸猫神は、「なんでわかんないの?」とばかりにきょとんとした表情で袋に突っ込んでいた顔を上げた。

 すかさず天空猫神が横から煮干しをさらっていった。


『ゴエンはゴエンだよ!だってこいつ昨日さー、お賽―――がふっ!!』


 答えかけた地陸猫神の言葉は、俺によって見事に遮られた。

 頭を押すのと同時に口を塞ごうとしたので、地陸猫神は煮干しの袋に頭を突っ込んでしまった。

 しかしながら、なかなか単純な性格らしく、地陸猫神は袋に顔が入ったのをいい事に、煮干しにかぶり付いている。


「地陸猫神様ー、俺の名前は暁ねー。拓真暁。以後お見知り置きをー」


 俺は誤魔化し笑いを浮かべながら、これ以上余計な事を言わないよう地陸猫神の頭を少し乱暴に撫でてやった。


「どうしたんですか?」


 尊さんは、突然の出来事に目をパチクリさせている。


「ははっ……スキンシップです!どうやら昨日今日と立て続けに会ったもんだからご縁があるなぁって意味みたいですね」


 空笑いしつつ、慌て弁解する。


「はぁ」


 尊さんは俺の無理のある言い訳に、曖昧な返答を返しただけだった。

 実際のところは、どうやら「ゴエン」という呼称、昨日の賽銭の金額五円の事のようだった。

 お賽銭なんて神社の小銭稼ぎだろと思っていたが、案外神様はきちんと見ているらしい……今後気を付けよう……

 俺が帰った後、この話題が出ないことを祈るしかない。

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