参
それはもの凄い速さだった。白くてもこもこした物体が瞳を真ん丸にして、一直線にこちらへと向かってくる。
巫女さんがいる東屋と俺が身を隠している岩との間には小さな池があるのだが、座っていたベンチの高さから、重力を無視して宙を飛んでくる猫のかたちをしたそいつにとっては、下にある水場など障害物のうちには入らないらしい。
予想以上の速さに、ぶつかった時の衝撃を予期して、思わず手を引っ込めそうになる。しかし、釣った魚をみすみす逃がすわけにはいかない。
隠れていた壁際からガバッと飛び出し、
ぐわしぃっ!!
突っ込んで来た猫をしっかり両手でキャッチしていた。
『フニャアアア!!』
突然の出来事に驚いたブチ猫は悲鳴をあげる。
それによって、目の前にひろがっていた絵画のような光景は崩れ去った。
『地陸っ……ぬっ!?お主は!!??』
「ちーくん!?」
直ぐ様、駆け寄ってくる巫女さんとキジトラ。
「やぁ。どうも」
腕の中で暴れ狂うブチ猫にひっかかれながら、勢いに負け尻餅をついた状態で、俺は間抜けな挨拶をしてみせた。
俺の力が少し弛んだ隙を逃さず、ブチ猫は腕の中から逃れ出る。
『あーっ!?ゴエン!!』
ブチ猫は俺を指差しそう言った。
ゴエン?
『お主、昨日の奴じゃな?何をしに来おった?我達が視えるのか!?』
近付いてきたキジトラが、巫女さんを庇うように前に出る。毛を逆立て、尾を膨らまして、怒っているようだった。
「あ……あぁ。実は昨日も君達のことが視えてて、色々訊きたかったんだけど、美衣子がいたから控えてたんだ。それで今日改めて出直して来た」
俺は彼達の警戒心を解くように微笑んだ。
人当たりの良い笑みを心掛けたのだが、顔にひっかかれた生傷を抱えているので、成功したかは判らなかった。
『だからといって突然地陸を捕えるとは無礼ではないかっ!?』
キジトラはシャアアと牙を剥く。
「やめてっ!天ちゃん!!」
しかし、巫女さんの一言で今にも噛み付いてきそうだったキジトラはあっさりと引き下がった。
「私の式神が失礼致しました。傷の手当は必要ですか?」
そう言って猫達を後ろに退げ、歩み出た巫女さんの表情は、先程迄の長閑な雰囲気は微塵もなく、昨日対面した時のような引き締まったものだった。
「いえっ、此方こそすいませんっした。かすり傷だから大丈夫です」
頭を下げ、俺も非礼を詫びる。
作戦は半分成功で半分失敗だ。既成事実を掴んだものの、要らぬ警戒心を与えてしまった。
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