拾漆


『我が右肢、天空。我が左肢、地陸。呼び掛けに応え、我が前へ』


 左右に両手を広げ、祝詞に合わせてその両の手は何かを包み込むように前へと突き出される。

 前へと出された巫女さんの指先が絡まるように印を結んだ。

 実際のお祓いって紙がぶらさがった木の棒を振ったりはしないんだなとか考えながら、ぼーっと巫女さんの動きを目で追っていた俺は、その瞬間思わず息を呑んだ。


「……っ!?」


 驚愕で思わず叫んだつもりが、驚きの度合いが強すぎて声にならない。

 だが、俺には確かに視えていた。

 巫女さんが目にも止まらぬ早さで組み換える印の上、何も無かった筈の空間に何かが眩い光と共に現れるのが……

 それは二匹の猫だった。いや正確には猫に見える何かだ。

 それらは、羽なんか無いくせに尾をピンとたてて、巫女さんが掲げる両手の上を円を描くようにくるくる回りながら、ふよふよ浮いている。

 そして……


『ほぅ、この娘っこかぁ……』


「!!!」


 喋った。


『なぁーんだ、ただの残りカスじゃん!つまんないのー』


『そう言うな、地陸。尊の頼みじゃ。聞いてやろう』


 猫にしか見えないそれらは、呑気に会話を交わしながら、徐々に回転する輪を広げ、段々と美衣子の頭上へと移動していく。

 その訳の解らない二匹を呼び出した当の本人は、二匹がちゃんと視えているのか、はたまた呑気な会話が聞こえているのか、気にする様子もなく祝詞を続ける。


『天地を司りし猫神よ、汝達が主、天照大御神の名の基に、その力を示せ』


 巫女さんの言葉に合わせ、猫もどきが形作った輪は、どんどん回転速度を増し、完全に一つの輪のようになった。

 まるで美衣子の上に大きな天使の輪が出来たようだった。


『天地の理に背きし、邪な者を祓い浄めん』


 粒子となった光の粒が美衣子へと降り注ぐ。


「戻って」


 光の粒子がキラキラとした余韻と共に消えた直後、巫女さんは息を吐いてそう言った。その言い方はもう祝詞ではない。まるで話し掛けるかのような……間違いなく巫女さんにも猫達が視えているのだ。

 ぐるぐると回ることで形作っていた猫の輪は、段々と速度をゆるめ、再び二匹の猫に戻っている。


「どうぞ、目を開けて下さい」


 巫女さんは美衣子の肩を叩き、同時に神妙な表情を元の笑顔へと戻す。

 美衣子は熟睡していたかのように、瞼を擦りながらゆっくりと目を開いた。


「……あれ?」


 美衣子の口から洩れたのは、なんだか寝惚けているかのようにすっ頓狂な声だった。

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