第23話風浪祐奈

 その姿は勇ましく、人々に勇気を与えるものだとされてきた。

 その勇者が目の前の現実に打ちひしがれでいた。

「ゆうちゃん」

 涙は止められなかった。

 焦げたゆうちゃんの体を抱き起こして泣き崩れる勇者カナ。

 ゆうちゃんの体のあちこちに残る龍の鱗がカナの肌を切り裂くがカナは構わず抱きすくめた。


 思えばゆうちゃんと出逢ったのは幼稚園の頃。


 小学校の始めまでは一緒だったが、それも途中でゆうちゃんは引っ越すことになり結局最後まではいなかった。


 そこからは一度も会えていなかった。


 それがなんで、、

 なんでこんなことになってんの!?


 心を焼きつくすような感情が喉を突く。

 煤けた体には自分が与えた傷がそこここに残っていた。

 グラムフェルトがゆうちゃんだとわかったのは最期の言葉と、所持品についた見覚えのある赤いチャーム。

_ほら、お揃いだよ?

 遠い無神経なあの日の私の記憶。

 全然ゆうちゃんは喜んでなかったのに気づかなかったバカな私。

 あの後チャームを失くして二人で探して、ゆうちゃんはなんでか必死になってたけど。

 見つかったチャームは誰かに踏まれたのか形が変わっていた。

 私はそれでも付けようとするゆうちゃんを止めたけど、「ん〜ん。付けたいんだ」そう言ってやめなかったのを覚えていた。

 小さい頃の朧気な記憶。


 モスグリーンのパンツスーツによく映えてたのに。

 ただの赤いチャームなら誰だって持ってる。

 でもあの壊れ方はなかなかしない。


 わざと見落としてたのかもしれない。

 無意識にそんなワケないって。


「思い出の品、まだ持っててくれたんだ、、」


 ゆうちゃんが咄嗟にかけた魔法防御マジックプルーフが効いていたのか、ゆうちゃんは即死には至らなかった。

 チャームも焼かれずに残った。


 だが、問題なのはそこではない。


「なんで!なんで魔族なんかに手ぇ貸すのゆうちゃん!?」

「なつかしい名前ね」

 掠れた声がゆうちゃんの口から漏れる。

「ゆうちゃん!」


 ッ


 苦痛に表情を歪めながらゆうちゃんは、


 あなたは異世界に騙されているわ。

 優しいあなたにそれを伝えるには私がこうするしかなかった。

 きっと誰がやっても信じなかったでしょうから。

 どこか満足そうに鍾乳洞の天井を眺めながら、とつとつと彼女は自分なりの魔族の見解を語り始めた。


 曰く魔族はそんなに悪いヤツばかりではないということ。

 俄には信じ難いそれを口出しせずにいると、


「驚かないんだね」

「あ、うん。ゆうちゃんの言うことだし」


「何で私、そっちに召喚されなかったのかなぁ」

 その後悔を最後に話を切り替えた彼女は、


魔素マナとソーマの成り立ちを思い出してみて。

大地のソーマは生き物に取り込まれて体内のソーマに変わるものと大気中の魔素マナに変わるものに分かれる。

勇者、及び人間は大気中の魔素マナを精霊と協力して集めて魔法を使う。魔族にはその一手間がいらないの」

_!

 彼らはソーマを持たないから、魔素マナを直接行使できる。

 その裏付けをとるために私は魔族と契約をした。

 その結果、いくら考えても魔族を倒す理由は見当たらなかった。

 魔素マナを直接行使できる?姿が違う?やり口が汚い?ただそれだけの理由で種族ごと、、、


ごほッ


 おびただしい量の血がゆうちゃんの口から吐かれて、彼女の手から体温が急速に失われていくのがわかった。


 ソーマの気配も引き汐のように失われていくのがわかる。

「だめ!」


 だめ!嫌だ!ゆうちゃんいかないで!


「ありがとう」ゆうちゃんの唇は動いたが語ることはなかった。

 冷たい手が最後に頬を撫でた。


_最後くらい一緒に遊びに行きたかったなぁ。


どくん どくん どくん


「ぁあぁあぁあ...ッ!」

 紅い瘴気と見間違うばかりの魔素マナを翼のように噴き上げてカナは魔族の片鱗を見せていた。


 洞窟内に激震が走る。

 目の前の封印すら砕くほどの勢いでカナのソーマが暴発する。


「ッぐぅ」

 それは根性だとか気合で抑え込めるほど生易しいものではなく、真っ赤に血走った目もそれを物語っていた。

 仲間がいれば少しは違っていたのかもしれない。

 だが、ここにはクロエもクリューもいない。

 自らの最早魔力といって差し支えないものが内側からその体を焦がす。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ


 それに合わせて遺跡そのものが揺れ始める。

 遺跡自体の振動とカナの意力。

 その双方の力が重なり古い遺跡は朽ち始めた。

_止まって!

 漸く意識らしいものが働いた。

 だが、そんなものでは止まらない。


 それだけ高崎可奈にとって風浪祐奈は大切な存在だった。

 二人でなら何でもできる。

 そう錯覚する程度には。

_このままじゃいけない。


 何とか体を動かしてこの状況を、、、

 その時になって初めて遠く、そして近くに二つの力を感じた。


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