クロックワーク・アンダーテイカー(連結版)

クロックワーク・アンダーテイカー

15時40分。


「依頼だ」


 警部補。


 街の敏腕であり、同時に裏の顔役。


「15時35分まで戻してくれ」


「5分前?」


 現在、15時40分。


「犯人を取り逃すと思って撃ったら、つい心臓をぶち抜いちまった」


「5分前なら死んでると思いますが?」


「それがどうやらそうでもないらしくてな。人工心肺とかいうやつが繋がってるんだがいまにも死にそうなんだ。五分とりあえず頼む」


「戻しました」


「助かるよ。じゃあ行くぜ」


「先に報酬を」


「おい五分しかねえんだ早くしてくれ」


「その犯人、何をしようとしたのですか?」


「戸籍を盗みやがった。そのまま放っておくと、街の人口が実は政令指定都市レベルだとばれちまう。政治家からおおめだまくらっちまうよ」


「人口の心配で人工心肺ですか」


「いいか?」


「ええ。どうぞ」


もう一度。15時35分。



***



3日目。


「てんちょおおお」


 大学生。女性。


「またですか?」


「3日お願い」


「3日。今回は長いですね」


「めちゃくちゃ仕込んだのよ。もうこれ以上追い詰められないってところまで追い詰めたの。あ、これもしかして」


「はい。報酬として聞きますので、どうぞそのまま」


 女性の、男性に対する馴れ初め。


「で、ご両親を説得して」


 両親の説得から始まり。


「新薬治験もなんとか取り付けて」


 医学部オーバーロードをしながら製薬会社の外注と協議して合同チーム作って。


「ちゃんと薬で治せるってところまで来たの。来たのに」


 告白して振られる。


「振った理由は?」


「そう。それよ。それが問題なのよ。僕とあなたでは釣り合わないって、何?」


「ああ」


 たしかに。病でただ座して死ぬのみだった人間が、急に助けられて、その上で告白されたら、釣り合わないとは思うかもしれない。


「報酬こんな感じでいい?」


「大丈夫です。3日戻したら、全部最初からやり直しですが、それでも?」


「それでも。一回成功したんだから、もう一回行けるわよ」


「では、私からアドバイスを」


「え。追加報酬目当て?」


「その好きなひとも、合同チームに入れてしまいなさい。被験者ではなく、チームの一員にしてしまえば、罪悪感は減るでしょう」


「あ、そっか。いいねそれ」


「うまくいったら追加報酬で、付き合いはじめのラヴトーク聞かせてくださいね」


「うわあ、まあ、仕方ないか」


「3日戻しました。健闘をお祈りします」


「よっし。行くか」


 大学生。元気なものだ。


 好きな人に対して一途。そんな時期も、あったような気がする。それを、時間の果ての、遠い日々のように感じてしまう、切ない自分も。ここにいる。


もういちど。初日から。



***



十分前。


 男が数人押し入ってくる。


「強盗だ」


 強盗。このご時世に。


「時計屋だな。高い時計を出せ」


 向けられた、銃口。


 いちおう、本物。


「はやくしろっ」


 見たことがない顔だった。


 電話をかける。


「おい。動くなといっているだろう」


 銃。向けられているが、カウンター越しなので距離はある。


「あ、警察ですか。警部補いますか?」


 取り次ぎ音。


『おう。どうした』


「いま、うちに強盗来てるんですけど」


『ああ。組織の残党だな』


「組織の残党?」


 銃。


 発砲音。


 男がひとり、倒れた。


 叫び声。膝に当たっただろうか。


『ついこの前、この街にあった銃器密売組織のアジトがぶっ壊されたのさ。管区総監直々の攻撃だったらしい』


「じゃあ、こいつらは」


『その残党だな。お前なら時間を戻すまでもないだろうが。応援はいるか?』


 銃声。2回。叫び声。


「応援というより、事後処理が欲しいですね」


『いいぜ。調書とか現場とかは適当にやっといてやるよ。何人だ?』


「五人です。ひとりは脚。二人は両腕。残りは腹と背中で」


 銃声。声は挙がらない。


『殺すなよ?』


「死んだら戻すんで」


『おお、こわいこわい。じゃあ十分後な』


「十分後ですね」


 メモに書き留める。


 電話を置いた。


 目の前。


 転がった男が、五人。


「死んでないかな?」


 ひとりずつ、傷口を脚で踏みつける。呻き声。


「よし。大丈夫」


 銃をそこらへんに放り投げて、カウンターの奥に戻った。


 十分。動かす。


 硝煙の匂いが、自分を過去へと押し戻してしまいそうだった。どうしようもない、不安。


「おい。来たぞ」


「ようこそ。こちらも、いま終わったところです」


「いやいや。お前十分前に倒して移動してきただけだろ」


「報酬は五人の首で、大丈夫ですか?」


「充分だよ。管区の総監に突き出しておく。さぞかしご立腹だそうだ」


「ご立腹?」


「最近、恋人と喧嘩したらしい」


十分。経っている。



***



16時間後。


 誰かが入ってくる。


「そこで止まれ」


 知らない人間。


「動くな」


 動こうとしたので、玄関のベルを銃で撃ち抜いた。


「次はそのベルが、お前の頭だ」


「それはそれは。こわいな」


 若い女性。立ち止まる。


「普通の女性が来る場所ではない。出ていけ」


「店主が普通の女性なのにか?」


「それはこちらの都合だ」


 女性。かなり強い視線。死線を潜った者の、眼つき。


「うちの警部補、そうだな、管区内の捜査官からの推薦だ」


「信じられないな」


「話を聞いていないか。管区内の総監なんだが」


「は?」


「私が総監だ」


 女性だったのか。


「あ、いま、女性だったのかと思っただろ?」


「ええ。まあ。聞きしに勝る武勇伝なので」


「信じてもらえたかな?」


「半分は。どうぞ店内へ」


「ありがたいよ」


「依頼ですか?」


「ああ。経過した時間や前後にあった出来事を喋れば、時間を戻したり進めたりできると聞いた」


「警部補から?」


「あ、ええと、捜査官、から」


「この街に警部補はひとりしかいませんよ」


「失言だったなあ。すまん警部補」


「まあいいです。話を聞きましょう」


「16時間戻してほしい。時間を」


「なぜ」


「それが報酬になるのか?」


「話によります」


 女性。突然やわらかくなる、雰囲気。


「十六時間前。夜の零時」


「はい」


「恋人と、その、一緒に寝ようとしてな」


「はい?」


「ベッドから蹴って落とされた。それで喧嘩になってしまって。やりなおしたい」


「大学生みたいな依頼ですね?」


 一緒に寝そこねたから、巻き戻すとは。初心なカップルなのかもしれない。


 カップル。いまの自分から、最も、遠いもの。



「ねえねえ。あっ」


「おっと。これは失礼」


 さっき。ベルを銃で撃ち抜いたせいで、人が来たのに気付かなかった。


 大学生。そういえば、3日経ったのか。


「いや、まあ、ちょうどいいかな。どうぞここへ」


「え?」


「まあまあ。で、どうでしたか?」


「条件付きでおっけいもらったの」


 大学生。嬉しそうな顔。


「それはそれは。おめでとうございます。ようやくの成功ですね」


 大学生。へこんだ顔。感情の起伏が激しいな。


「それが、そうもいかなくて」


 大学生。隣の総監のほうを、ちらちらと見る。


「このかたの前で喋るのも、報酬のうちだと思ってください」


「え、はずかしい」


「大丈夫ですよ。このかたも、恋人にベッドから蹴り落とされたんで、16時間戻してほしいっていう程度の依頼ですから」


「あらまあ」


「おい。なぜ喋る」


「まあまあ。で、条件とは?」


「そう。そこなの。依頼にもならないんだけど、とにかく聞いて」


 大学生。身を乗り出してくる。


「わたしの好きなひと。どうやら病院の都合で転院を繰り返されて、それでここに流れ着いてきたらしいの。青い救急車に運ばれてきたって、言ってた」


 青い救急車。


「それは、うちの管区の特別部署だ。青い救急車は、人を運ぶ仕事をしている」


「あ、嘘だと思ったら、本当なのね」


「警察の部署だから、大っぴらには宣伝していない」


 変な繋がりが出てきたな。大学生と、管区総監。


「でね。運ばれてきたときの関係上、なんか、彼、戸籍がないらしくて」


「戸籍がない?」


「うん。ないの。なんでかは分からないけど」


 戸籍がない男か。


「もしかして、病院、駅前の市民病院ですか?」


「うん」


「そこ、けっこう成果重視で。外部から勝手に患者運んできて治したりもするんですけど、そのあいだに書類申請が漏れたとか、かな」


「とにかく。戸籍がないの。犯罪者と勘違いされたら、チームが瓦解しちゃう」


「結婚して、戸籍を申請すればいい」


「順序がそれを許さないのよ。まず合同チームで治験を行う。それでわたしの好きな人が治る。そしてはじめて告白受諾なの。戸籍がないと、最初の治験ができないし合同チームでも被験者の説明ができない」


「いまの企業はコンプライアンスとかありますからね。この前も、なんだっけ、麻亡製薬でしたっけ。お役所から捜査入ってましたけど」


「あれはちょっと別口だな」


「そうなんですか」


 話は分かった。


「さて。では、全てまとめるとしましょう」


「まとまるのか、これが?」


「ええ。総監はまず、警部補に連絡を」


「なぜだ」


「最近戸籍を盗んだ犯人を捕まえたからです」


「あっ」


「そう。盗んだ戸籍のなかでひとついいのを選んで、あなたの好きなひとにあげましょう。いいですね総監」


「そのかわりに、16時間戻すのか」


「ええ。この現役大学生のアドバイス付きでね」


「ベッドから蹴り落とされたんだ、よね?」


「ああ、まあ」


「もしかしてさ。お風呂も入らないでいきなり?」


「え」


「帰ってきてすぐ、歯も磨かず、着替えもしないでいきなりベッドに?」


「あ、いや、ええと」


「それ、誰でも蹴り落とすと思うよ?」


「そうなのか」


「よいアドバイスですね」


「帰ったらまずお風呂に入って。歯を磨いて。綺麗な下着を着て。その上でお伺いをたてるの」


「風呂、歯磨き、綺麗な下着」


 ご丁寧にメモまでとってる。


「お相手のかたは、異性、同性?」


「同性」


「じゃあ、ちゃんと身体を拭いて匂いも確認して。デリケートな部分は特に。これはとても重要」


「身体を拭いて匂いを」


「あはははは」


「おいっ」


「すいません。つい。こらえられなくて」


「おうい。来たぞ。なんだ。何か用か」


「あ、警部補。ちょっと外で待ってていただけますか?」


「あ、ああ。まあいいけど」


 警部補。回れ右をして外に出る。


「毛の処理は大丈夫?」


「毛の、処理?」


「うそ。ぜんぜんだめじゃないこの人。なにこれ」


「ここはお任せします。今回はサービスで24時間戻しますので、身支度のレクチャーをみっちり」


「それはもう。戸籍はもらえるんですよね?」


「約束する。もう警部補も来ているし」


「では、私は警部補にお話を通してきましょう」


 カウンターを立った。



「おう。女子三人で、かしましいことで」


「茶化すなよ」


「戸籍だろ。調べはついてる。あの大学生。だめだったら違法な治療にでも手を染めるつもりだったのかねえ」


「仕方ないだろ。愛は人間を狂わせる」


「まあな」


「戸籍をひとつ。安定したやつを、その病院の患者に」


「いいぜ。この前の盗んだ奴から押収した戸籍で、それっぽい名前をひとつ回してやる」


「よし。これで終わりだ。すべてまとまった」


「おい」


「なに?」


「やっと、殺さないように、なってこれたじゃねえか」


「なんの話よ」


「この前の強盗。ひとりも死んでなかった」


「あなたは戸籍盗んだ人間撃ち殺したじゃない」


「距離的に仕方なかったんだよ。警察マッポ拳銃サクラだと必中一撃必殺ワンショットワンキルしか狙えない。せめてフルオートを寄越せよ」


「殺さないんだよ日本の警察は。弾を散らすこともしない」


「はあ。まあ、いいさ。俺は、おまえが殺さなくなってきたのが、嬉しいよ」


「なんでよ」


「戦場の空気が、抜けてきたんじゃないか?」


「まだ、分からないわ」


「待ってるよ。おまえが、普通の、ちょっと時間をいじくれる時計屋になるまで、な」


「これだけ待たせてるのに。まだ待ってくれるんだ」


「好きだからな。待てるさ。最近は、待つのも楽しくなってきたよ。流れていく時間を、希望をもって、見つめるのさ。おまえのことを考えながらな」


「もう少し、だと、思う。待ってて。必ず、戦場の空気を全部抜いて、一人の女として、あなたに逢いに行くわ」


「いやいや。俺が来るよ。おまえは時計屋で待ってな」


「うん」


「またな。愛してるぜ」


「私も。待たせてごめんね。待ってるから。身体洗って、綺麗な下着つけて。ええと、あとなんだっけか。そうだ。歯磨き。毛の処理も」


「なんの話だよ」


「同性とベッドで寝るために、必要なもの一覧」


24時間。戻す。


 それでも。


 過去の記憶は。失われた日々は。手に、身体に残る、絡みつくような硝煙の匂いは。


 消えない。

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