ダークボイルド

ダークボイルド

 すべて殺して、生きてきた。


 仲間も作らず、組織にも属さず。ただ、目の前のものを、殺して生きてきた。


 ただ殺し、殺すことだけを生きる糧にする。


捺加なつか、ちゃんと生きなよ」


 彼女の声だけが、響く。銃声と共にある、記憶。


 彼女を、必ず、取り戻す。


 自分にできるのは、殺すことだけだった。息を殺し、声を殺し、心を殺す。それでもまだ、彼女には、届かない。


 彼女だけが。私の生きる意味。


 私にとっての、すべて。


 彼女は全てを捨てて、私を守った。だから、私は、彼女を連れ出す。光のあるところへ。彼女を。


「はい残念でしたあ」


「うわあ」


 銃声。ゲームセットの文字。


「生きなよって言ったじゃん」


「いや無理くない?」


 彼女。コントローラーを宙に放り出して、よろこんでいる。


「わたしもしかして、狙撃センス高すぎ?」


「くっそ」


 実際に色々なものを殺してきた私よりも、はるかに上手い。腕は、衰えていない。


「いえす。スナイパーは私の勝ちい」


「じゃあ次サブマシで」


「サブマシかあ」


 機動力勝負。


「負けないからね。絶対に殺してあげる」


「捺加、ちゃんと生きなよ?」


 彼女。


 誰も殺さない、やさしい人だった。


「はいスタートっ」


「あっ不意撃ちっ」


 サブマシ。射角を計算して、角待ち。


「ほれほれほれ」


 3キル。


「どうした」


 4キル。


 殺してあげる。できるだけ丁寧に、私のすべてを込めて。


「じゃあ、これでどうだっ」


 斜め後ろ。


 予測していて、そのまま振り返って覗き込む。


「は?」


 突撃してきた。スコープが相手の身体で埋まる。


「しまった」


 コントローラーのボタンを押す。覗き込み解除。その瞬間に、撃ち抜かれた。


「くっそ。突撃スタイルかよ」


「いえあ、へっしょ」


 彼女。ゲームのなかでも、やっぱり、一流のセンス。


「そして、りすぽーんきるぅ」


「やめっ、やめてっ。せめて撃たせて」


「捺加、ちゃんと生きないとだめだよ?」


 また負けた。彼女には、ゲームのなかでも勝てない。


「あまいあまい。4キルぐらいで安心しちゃだめだめ」


「まだまだ」


 彼女。


 悪人を殺しに殺して、罪の意識でどうしようもなくなってしまった私を、撃ってくれた。


 彼女の弾丸は、人を殺さない。記憶だけを奪っていく。


 私には、殺したという実感だけが残っている。誰を殺したかは、覚えていない。彼女が、私の記憶を撃ってくれたから。


 そして、彼女は。生きろと、言って。こわれた。


 きっと彼女も、限界だった。銃を彼女自身のこめかみに自ら押し当てて、引き金を狂ったように何度も、何度も引く彼女を。止められなかった。


 自分だけが助けられて。彼女は、助からなかった。自分にはある感情が、彼女を大事だと思う心が、彼女には、もう、ない。


 私のことも。


 私への想いも。


 彼女は忘れた。


 いま目の前にいるのは、全てを忘れて、ただお遊びの射撃ゲームを楽しむだけの、抜け殻。


 思い出させて、あげないと。彼女を。私への気持ちを。


 いくら記憶を奪っても、忘れられないものを。


「ねえ、どしたの?」


「え?」


「なんで泣いてるの?」


 彼女。こちらを覗き込む。


 どんなに殺して、殺しても。好きなひとのことを想えば、泣く。つらいと、思う。


 私は、どうしようもなく、普通の人間だった。


「あくびしたから」


「そなの」


「あなたも泣いてるよ?」


 彼女。涙。


 記憶がなくなっても。あれだけ狂ったように何度も、何度も、引き金を引いたとしても。


 彼女は生きている。


 私の近くにいる。


 それだけでいい。


 彼女。泣き出す。


 彼女は、私よりも、やさしい人だった。


「おいで」


「うえええ」


 彼女が、コントローラーを持ちながら抱きついてくる。


 優しく受け止めて、抱きしめてあげる。


 殺して、殺して、殺し続けてきた私にも。抱きしめて、安心を与えることぐらいはできる。


「捺加、油断したね?」


「お?」


 コントローラーを奪われた。


「ちょ」


「リアル奪取」


「うわあ」


「あっぶねえ。負けるところだったわ」


「今のは負けのうちに入らないわよ」


「捺加。ちゃんと生きるには、コントローラーの手綱をしっかり握らないとね?」


 彼女の言葉。生きるには、善悪の手綱をしっかり握らないとね。彼女の言葉を信じて生きてきた。


 彼女のおかげで、殺すしかない私にも、善と悪の判断は、できた。できたのに。彼女は、私の罪の記憶だけを奪って、こわれた。


微乃みの


 彼女の名前を、呼ぶ。


 反応はない。


 覚えていない。


 それでも。


「もう一戦、やろっか」


「やろやろ。次こそ、ちゃんと生きられるようにね。捺加」


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