最期に残った心

最期に残った心

 最期に残ったのは。記憶と、導線がふたつ。


 右手の人差し指が痛む。銃の引き金を、引きすぎた。その銃も、もう壊れて使い物にならない。新しい銃を使う必要がないのだけが、唯一の救い。


 たくさんいた。何人も。同じチームで。同じ組織で。みんなで、戦った。誰一人欠けることなく、街を護りきろう。そう言いあった、仲間。


 みんな、消えた。私が、消した。


 誰一人欠けることなく最期まで生き残るには、私が、犠牲になるしか方法がなかった。


 そもそも、街の誰にも知られずに、街を支配しようとする政治家連中や土地目的の外資を排除するなんて、無理だったのに。無理をして、今、わたしが、ひとり。ここに残されている。


 街の景色。


 ビルの窓から、見える。


 昼ぐらいの時間。みんな、笑顔で働いている。わたしの仲間も、何人か見える。みんな、笑っている。


 あの笑顔のために、わたしは犠牲になった。ひとりで、戦った。みんなの記憶を消して。敵の記憶を消して。銃を撃って。


 そして今。ここにいる。


 もう、わたしの記憶以外、なにも、差し出せるものがない。


 政治家も外資も、なんとかできた。両方とも、おかねがほしいだけだから。おかねがほしいという記憶を消してしまえば、わたしの勝ち。


 そして残った最大の敵は。私自身。


 ひとの記憶を消してしまえる。消した記憶は、引き金がもう一度引かれないかぎり、戻ってこない。


 この街を守った。その記憶そのものが、街にとっては、異物。この街に資産的価値があると、誰も思わないようにしなきゃ。


 わたしが、覚えているかぎり。また誰かが、不意に引き金を引いて、思い出すかもしれない。だから、忘れなきゃ。街のことも、みんなのことも。


 目の前。


 導線がふたつ。


 ひとつは、自分の記憶を消す、導線。これを使えば、私は、記憶を失う。戦ったことも、街のことも、みんなのことも、ぜんぶ。全部忘れる。


 これを使えば、戦いは終わる。私の犠牲で、全てが終わる。


 もうひとつの導線。


 これを使えば、わたしは、死ねる。


 引っ張って、壊れた銃に込めて、引き金を引けばいい。


 死ねば、私は、記憶と街を守った事実を忘れることなく、最期までいられる。


「どっちが、しあわせ?」


 声が出た。まだ、声が出るという事実に、少し驚く。もう、喋れなくなったと思っていた。もう長いこと、誰とも喋っていない。誰もいない。私のなかにも、私の外にも。誰も。いない。


 導線がふたつ。記憶がひとつ。


 全てを忘れて、しぬのがいいのか。


 すべてを胸に抱いて、死ぬのがいいのか。


 最期に残ったのは、どっちなのか。


 分からないまま。


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