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「全てのパーツは揃った。遂に!!ようやく!!私は神を召喚する!!」

 興奮気味のルキフェルが一人で絶叫している。手術台の上に拘束された恵吏はそれを蔑むような目で見ている。

「貴女も少しは喜んだらどうです?神を創造するのは貴女の悲願だったんでしょう?」

 恵吏は何も言わない。

「……うん、神の器として使われるせいで新世界を見ることができないのであれば素直に喜べないというのも当然のことでしょう。」

 恵吏は何も言わない。

「それでは、神の器としての活躍、期待してますよ。」


 動きがあったのは儀式の予定時刻の30分前になったときだった。瑞姫が入っていた牢で大きな爆発が起きたのだ。地表から5000メートルの超深度地下だったが、その衝撃は地表から30メートルほどの場所のルキフェルのいた部屋を揺らし、本棚に詰まっていた資料が傾れを起こした。


 爆発の中心となった瑞姫は崩壊した瓦礫の中から這い出してきた。

「思ったより出力が大きい……。調整が必要だな。」


「それは事実なんですか?」

「監視系統も全て壊れてしまったため確認のしようがないですが、恐らく……。」

 ルキフェルは苛々している様子で研究員の報告を受けている。

「念には念を入れて能力の封印装置を置いた上で衝撃吸収素材の牢に入れていたんですよね?」

「その通り。でも、あれが効くのは表層次元の人工天使程度だよ。私の深淵に由来する魔術は全くの別物だ。」

 ルキフェルに答えたのは扉を蹴破って入ってきた朝倉瑞姫だった。口を開けたルキフェルを瑞姫は制止して言う。

「あなたが何をしようが私には敵わない。なぜなら、私は朝倉瑞姫だからだ。あなたがずっと信仰していた予言の書は私が書いたものだし、人工天使の素案も私のもの。あなたが用いる技術は全て私に由来している。だから、あなたは私を越えられない。」

「……何がしたいんですか?」

「何って、私の目的は最初から一貫している。私は、私が望む世界を創る。あなたが望む世界のために使われるなんてまっぴらごめんだ。」

 瑞姫は軽く指を振る。その直後、ルキフェルとその部屋にいた研究員の体は木っ端微塵に弾け飛び、部屋の中は赤く染まった。


 ミカエルは鎖付きの手錠、猿轡、首輪という感じで拘束されていた。その横にはガブリエルとラファエルも拘束されているが、そちらは手錠のみである。

 ミカエルは4人の人工天使の中では最高戦力であり、その特性は天使としての能力にとどまらない。その肉体も見た目の年齢である15歳くらいのものではない、強力な力を備えているように作られている。ミカエルは肉弾戦も想定されていたのだ。

 それを懸念したルキフェルたちによってミカエルの拘束だけ厳重にされていた。


 ガブリエルは研究員たちの隙を探していたのだが、どうも様子がおかしい。さっきから研究員たちの慌てようが異常である。

 さっきの大きな揺れが関係しているんだろう。それは推測できるが、具体的に何が起きたのだろう。しかし、それを知る前に更なる情報量が押し寄せてきた。

 ガブリエルたちが拘束されていたやたらと横に長く、天井が高い部屋。その壁が破壊された。ショートボブの茶髪を靡かせながら破壊された穴から飛び込んできたのは、佐藤琉吏るり。聖母の加護を宿す人間であり、恵吏の母親である。

 ガブリエルたちの前に降りた琉吏は研究員の一人の腕をへし折って見せる。すると、研究員たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出してしまった。それから琉吏は上下左右の壁を破壊して回る。

「これで能力は使えるはず。」

 琉吏の言う通り、ガブリエルは能力を使えるようになっていた。指先から水を出せることを確認すると手錠を破壊する。ミカエルとラファエルも拘束から逃れた。

「本当はもう少しタイミングを見計らいたかったんだけど、よく分からない地震があったからちょっと早めに突入しちゃった。」

「ウリエルは?」

 ガブリエルが尋ねる。

「大丈夫。ちゃんと王子様が助けに向かったよ。」


 ウリエルは能力を封印された上で部屋の中に拘束されたいた。ウリエルは部屋の外で銃声のような音が聞こえるのに気づく。

 それからすぐに扉のロックを解除する音が聞こえ、扉が開いた。そこに立っていたのは銀髪でメガネの男。赤坂聡兎である。

「ウリエル。君を助けに来た。」


 ウリエルを連れてきた聡兎がミカエル、ガブリエル、ラファエル、そして琉吏と合流した。

「恵吏は?」

 琉吏が尋ねる。聡兎は携帯端末を見ながら言う。

「それが……在理沙も場所を特定できないみたいなんだ。完全にネットワークから遮断された場所に居る可能性が高いらしい。」

「私、探してくる!」

 琉吏が行こうとしたときだった。

「その必要はない。彼女はもう覚醒している。」

 歩いてきたのは、白髪で碧眼の女。朝倉瑞姫。

「覚醒……って?」

 瑞姫は琉吏の問いに答えて言う。

「うん。多分、あなたは佐藤恵吏に会いたいんだろ?なら、もう手遅れだ。」

 瑞姫の後ろから何者かが歩いてくる。患者衣を纏っている茶髪の少女だった。

「恵吏?!」

 琉吏が駆け寄ろうとする。しかし、瑞姫は琉吏を制止して言う。

「いや、彼女は……」

 少女の発した言葉が答えだった。

。」

 琉吏は恵吏を……いや、朝倉灯の魂が宿っている恵吏の肉体を抱きしめた。

「最後くらい、母親してあげたかったけど……間に合わなかったか。」

 瑞姫は言う。

「それじゃあ、全て揃ったことだし神への昇華を始めないか?」


 在理沙は聡兎から連絡を受ける。

「始める……のか。」

 在理沙は管理者権限を個体:朝倉灯に付与した。


 ミカエル、ガブリエル、ラファエルはセフィロトの樹の構築を始めた。空中に魔法陣のような文様が浮かび上がる。まず、10のセフィラが浮かび上がり、それぞれが22の小径で結ばれる。

 深淵と照応する朝倉瑞姫の存在でセフィロトの樹は補完される。儀式は完遂された。


 灯の魂は神に昇華した。

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