救済がほしい
統一暦499年12月31日午前9時
暗い空間で恵吏は目が覚めた。硬い床に寝かされていたせいだろう、体が痛む。さっきまで暖かい部屋の中に居たはずなのに。それに、
「アカリ……?」
窓もなく、唯一の光は一つだけある扉に付いている小窓から差す光のみ。部屋の外に通路でもあるんだろう、その弱い光が四角く切り取られて差し込んでいる。
すぐに携帯端末を探そうとしたが、全ての持ち物は剥ぎ取られたあとだった。携帯はもちろん、服も。恵吏は全裸で部屋の中に寝転がされている状態である。申し訳程度に恵吏の体を覆っているのは薄い毛布が一枚。
怖い。不安だ。でも、何もできない。恵吏は何かの特別な能力があるわけではない。その本質はただの女子高校生である。大事な人と幸せに暮らしたい、それだけを願うただの少女である。だから、恵吏にできることは一つしかなかった。
毛布を強く握りしめ、少しでも不安を紛らわせながら恵吏は祈る。
「誰か、助けて……。お願い………。」
統一暦499年12月31日午後11時
日本時間では日付が変わる一時間前、統一暦500年まであと一時間というところだった。そんな時間にもかかわらずモニターの前で忙しそうにキーボードをたたいているのは早乙女在理沙である。なぜこんなことになっているのかというと、今から4時間半ほど前、6時30分まで遡る。
統一暦499年12月31日午後6時30分
『ありさー、お客さんだよー。』
在理沙の部屋のドアをノックしてきたのは祇園寺霊那。在理沙と同棲していて家事全般をやってくれている、在理沙と同い年の女性である。
「お客さん……?誰?」
在理沙がドアを開けた瞬間だった。知らない男が部屋の中に顔を突っ込んできたのだ。
「ヒッ……!」
在理沙は反射的にドアを閉めてしまう。ゴン、と音がしたのは恐らく彼が鼻でもぶつけた音だろう。
『もう、急にそんなことしたら在理沙が驚いちゃうでしょ。怒りますよ?』
『……済まない。俺も焦りすぎた。』
在理沙は再び、ゆっくりとドアを開ける。
霊那の横に立っていたのは銀髪でメガネの男。鼻が赤くなっている。やはりそれなりの勢いで鼻をぶつけていたらしい。そんな男の後ろからひょこっと顔を出した少女が居る。黒髪にマゼンタのインナーカラーの少女。
「ごめんね、聡兎さん頭は良いんだけど馬鹿だから。」
聡兎、という名前を聞いて在理沙は思い出した。
「もしかして……赤坂紅音……ちゃん、かな?」
「あれ?前に会ったことあったっけ?」
「……いや……。」
言えるわけがない。逃走する先を予想するプログラムで紅音たちを追い詰めた張本人であるなんて。
「あ、あの、何の御用で?」
「えりりんを助けてほしいの!」
「……えっと?」
困惑する在理沙に聡兎が言う。
「佐藤恵吏って子が何者かに連れ去られたみたいなんだ。だから、あんたの力で探してもらいたい。」
佐藤恵吏。この名前にも聞き覚えがある。「機関」でよく名の挙げられる重要人物である。
「そんなの在理沙に任せなくても警察に届ければいいんじゃないの?」
「それじゃ間に合わないかもしれないんだ!」
「でも……。」
在理沙は霊那を制止して言う。
「分かった。やってみる。」
統一暦499年12月31日午後11時10分
恵吏の場所を特定するのには想定以上に時間がかかった。
まず、恵吏のネットワークIDから位置情報を抽出しようとしたのだが、工作が施されていたために不可能であった。それから恵吏の部屋の周囲の監視システムを調べたのだが誘拐した犯人らしき人物は確認できなかった。監視システムの偽装工作がされていたのだ。次に調べたのは恵吏がいなくなったのが確認できた時間より前のネットワークのログである。これもうまく偽装が施されていた。しかし、偽装しきれていない部分を見つけたのだ。日本時間12月31日午後3時頃。偽装するための偽装、というところか。監視システムに行った工作がバレないようにするための工作が行われていた形跡を見つけたのだ。当然その痕跡も見つからないように細工が施されており、それが原因で在理沙がログ管理に用いていたAIは反応しなかった。これを見つけるのにログ調査プログラムを組みなおす必要があり、それでかなり時間がかかってしまった。
そうして見つけたのはネットワークから位置情報が遮蔽されている複数人の存在。これが恵吏たちを誘拐した犯人となる部隊であった。あとは彼らの動向を調べれば良い。ただ、位置情報を遮断されているためにそう簡単にはいかない。在理沙が取ったのは以前恵吏たちを追い詰めたときと同じ手法である。即ち、AIにより移動先を予想する。これで範囲を絞ったうえでAIたちを動員してその範囲内から発されたネットワークの信号を片っ端から調べる。そうして少しずつ足取りを掴もうというわけだ。
在理沙はようやく信号の移動が落ち着いた場所を見つけた。その場所は、ニューヨーク。統一暦500年記念式典を控える統括政府の本部が存在する、この世界で最も重要な街である。
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