神の使徒たち

統一暦499年12月25日午前0時20分

 白海の沿岸に近いロシア北西部。ここは白海に流れ込む川だが、凍ってしまっているため、また、雪がその上に雪が積もっているため広い針葉樹林の中でそこだけが開けているように見える。

 そんな川の中央部に4人の少女が立っている。赤い髪に中世の騎士のような甲冑、という出で立ちの少女。長くて美しい白髪に白百合の髪飾りをつけた白ワンピースの少女。黄色い髪で魚の形をした水筒を抱えている少女。そして金髪に赤いメッシュで小脇にタブレットを抱えている少女。

 彼女たちの名はミカエル、ガブリエル、ラファエル、ウリエル。とあるプロジェクトの一環でこの世に生み出された人工の四大天使である。彼女らは魔術とされている力を使う。この世界の深層に介入することで世界の表層を支配する物理法則では実現できない現象を引き起こすのである。それが「人工天使」。そして、その上空を旋回する二万もの飛翔体。夜の闇と舞う雪のおかげで地上からでは人間の視力では何なのか確認できないが、四大天使である彼女たちなら問題ない。大きな円を描くように旋回して飛行しているもの、それは全てが同じような顔をして同じような服――キトンを着た少女、量産型人工天使であった。

 量産型人工天使、とは、その名の通り四大天使として製造されたミカエルたちとは違い多少品質を落として量産化することに成功したモデルである。質より量、という話だ。一人一人の力は四大天使には遠く及ばない、しかし、二万もの数が集まれば話は別である。


統一暦499年12月25日午前0時20分

 上空を旋回していた量産機のうち数人が地上に突っ込むように下降してきた。それに追従するように二万の量産機が一気に地上に突っ込んでくる。

 ミカエルとガブリエルがそれを迎え撃つために上空に飛んでいく。地上数百メートルの場所で二人は背中合わせになり、ミカエルは両手の炎剣を構え、ガブリエルは両手のひらに水の球を発生させる。

「いくぞ」

「いくわよ」

 ミカエルの炎剣が一気に百メートル以上にも伸びた。ミカエルはそれを強引に振り回す。ガブリエルは弾幕のように大量の水の球を放出する。二人は背中合わせのまま時計回りに回り、水と炎を振りまきながら回転するスクリューのようになる。

 ガブリエルの水はミカエルの炎で蒸発し、気化して体積が膨張した水は熱風となって量産機たちを襲う。ただ、相手も曲がりなりにも人工天使である。多少温度が変化した程度ではびくともしない。

 もちろんその程度のことは見越してある。蒸発した水は極寒の大気によって冷やされ、空中で無数の水滴や氷の粒が発生する。これは濃霧を生み、量産機たちの視界を奪う。人工天使と言えども、その知覚器官は人間と酷似しており、視覚が認識の大部分を占めていることも同じである。

 結局のところ、一気に仕留めるのは不可能なのである。ミカエルが拡張した炎剣を振り回せば複数の相手に対して防御を突破してダメージを与えることが可能だが、それは線上に敵が並んでいなければならない。一体ずつ仕留めていくのが確実だし手っ取り早い。


統一暦499年12月25日午前0時21分

 ミカエルは普通の剣のサイズに戻した二本の炎剣で量産機たちに切りかかる。喉を焼き裂かれ、胸を貫かれた量産機たちの死体が地上に降り注ぐ。

 ガブリエルが扱うのは四元素の水。流動性を司るものである。流体は形を変え物体を包み込み、内部に流れ込み、物体を支配する。体の内側からその血肉を直接削るのである。また、体の中を流れる血液。これの操作をすることで体内の臓器、血管を破裂させる。ミカエルに負けず劣らず、という感じのグロテスクな死体が生み出されていく。

 ウリエルも上空に向かう。彼女が司るのは四大元素の土。固形の物質の象徴である。彼女が打ち出す弾幕は絶対的な硬さという性質を持つ物体であり、一定の速度を与えれば人工天使の防御すら突破する破壊力を生み出す。

 ラファエルは地上に残っている。彼女の水筒、その中身は完全な治療を与える薬。後方支援役である。しかし、その役割は前線で戦う者の傷を癒すというそれだけではない。四大天使のラファエル。四元素で司るものは風。彼女が発生させた竜巻は量産機たちを巻き込み、足止めする。そこにミカエルの炎であるとか、ガブリエルの水であるとかを投入したら範囲攻撃が可能となる。


統一暦499年12月25日午前0時23分

 白海に注ぐ北ドヴィナ川の河口近くに位置する街、アルハンゲリスク。そこまで人口が多いわけでもないこの街で深夜まで起きていた無職の一人。部屋の中で配信をしながらゲームをしていたのだが、窓の外に異様なものを見つけ、思わずその手を止めた。正体不明の光で南東の空が赤く照らされているのを見つけたのである。ただ明るくなっているだけではない。鳥なのだろうか、無数の飛行物体がその周囲を飛び回っていた。

 赤い光はミカエルの炎であり、飛んでいたのは無数の天使たちだったのだが一般人であり無職の彼は知る由もない。彼はその様子を写真を撮ってSNSに投稿した。

「何あれ 俺死ぬんか?」


統一暦499年12月25日午前0時50分

 量産機はかなり減ってきた。地上に降り積もるのは幾千もの天使だった肉塊の山。

 四大天使たちも余裕というわけではない。間断なく攻めてくる量産機たちの相手をするのでかなり疲労が蓄積している。一度に複数方向から攻撃されるため回避が追いつかず殴られつつもラファエルの回復と根気で乗り越えるという感じである。

 当然の話だが、真っ先にダウンしたのはラファエルだった。遠隔で魔術により傷をふさぎ続けていたのだが、それによる負担が限界に達したのだ。ラファエルは雪の上に倒れてしまう。

「……ッ、ラファエル!」

 ミカエルはすぐにラファエルの元に飛んでいこうとするが、そこに大きな隙が生まれてしまった。背後と横を量産機に囲まれた。ミカエルは慌てて炎剣を構えるが、間に合わない。ズブリ、と量産機の拳が脇腹に突き刺さる。噴き出す鮮血。それを治療してくれるラファエルは倒れてしまった。

「死にそう?」

 何者かがミカエルにそう尋ねてきた。

「……?」

 ミカエルを抱きとめながら量産機の攻撃を片手で受け止めるその女性をミカエルは知っていた。佐藤琉吏。神の能力が認めた聖母。佐藤恵吏の母親。

「私も手伝うよ。」

 彼女は片手で周囲の量産機たちを薙ぎ払ってしまう。


統一暦499年12月25日午前1時12分

 量産機も残り少ない。終わりが見えてきた、と誰もが思っていた。

 そんな時だった。残りの量産機たちが一定の規則の元に並び始めたのである。

「……ん?何あれ。」

 琉吏は全く気付かなかったわけだが、四大天使、預言天使の役を担う者でもあるガブリエルはすぐに気づいた。

「……セフィロトの樹?!」

 残りの量産機は十数体。最後の手段に出たのである。

「早く止めないと!でないと……世界の理が壊れてしまう!!」

「は?」

 琉吏は何一つ理解できていない。

「ああもう!今すぐあいつらを止めないとヤバいってこと!」

 ガブリエルはそう言いながら構築が進むセフィロトの樹に飛んでいく。下から二番目の位置の量産機めがけて超高速の水弾を放ったのだが、セフィロトの樹を護衛するように周囲を飛び回っていた別の量産機に防がれる。

 琉吏も止め行こうとした。しかし。


統一暦499年12月25日午前1時12分

 地上では腋の怪我を押さえながらミカエルがラファエルの介抱をしていた。彼女たちの周囲にはこれまで殺害した量産型人工天使だったものが降り積もっている。ミカエルはそれの異変に気付いた。

「……?」

 死体が動いたように見えた。ミカエルは目を疑った。頭部が砕けたままで動けるわけがない、と思うのは当然のことだ。ただ、動いていたのは事実だった。

 その死体たちは次々に立ち上がり始めた。そして上空のセフィロトの樹に吸い込まれるように飛び立ち始めたのである。


統一暦499年12月25日午前1時12分

 琉吏は下から次々に飛んでくる死体たちに気づき、そちらを止めに行く。

 ウリエルがセフィロトの樹の護衛をしている天使を引き付けに行く。大部分はウリエルに向かってくれたためウリエルはまとめて石化の魔術をかけたのだが、一人撃ち漏らしてしまう。

 琉吏は右手を掲げ、握りつぶすような動作をする。すると死体たちの飛ぶ軌道が曲がり、琉吏を頂点とする二次曲線を描いて集まっていく。琉吏は集まってきた死体を力づくで抑え込もうとする。しかし、その数が一万を超えたころ、数人の死体が琉吏を突破してしまった。

 ガブリエルはウリエルが足止めしたおかげで生まれた隙でちょうど構築が終了しようとしているセフィロトの樹の一番上の天使に思い切り蹴りを入れ――ようとした。

 止められた。ウリエルが打ち漏らした天使だった。


統一暦499年12月25日午前1時13分

 セフィロトの樹の構築が完了した。一番上の天使――ケテルから黄金の光が溢れる。その光は22の小径パスを通じて一番下まで到達する。セフィロトの樹は黄金に輝く生命の樹となる。

 そんなセフィロトの樹の上から三番目の段――ケテルの真下、ティファレトの真上――に向かって琉吏が止めきれなかった天使の死体が突っ込んでいく。

 ガブリエルはすぐにその死体を止めようとしたが、セフィロトの樹が放つ光から正体不明の斥力を受け、その手は届かない。


統一暦499年12月25日午前1時13分

「……ッ、もう、無理……!」

 琉吏は死体たちを抑え込む限界だった。その圧力で琉吏の両腕の関節があらぬ方向に折れ、琉吏を押しのけるようにして二万近くの天使たちの死体がセフィロトの樹に吸い込まれていく。


統一暦499年12月25日午前1時13分

 地上のミカエルは呆気にとられたようにセフィロトの樹を見つめている。

「深淵に宿る神の真意……完全体に昇華するっていうのか……?」


統一暦499年12月25日午前1時15分

 全ての天使の死体がセフィロトの樹に吸収された。その直後、セフィロトの樹がひときわ明るく輝いた。すると、セフィロトの樹の中央付近――ダアト――から何かが出てきた。まずは頭、そして腕、肩。全身が出てきて分かったのは巨大な人間の形をしているということだ。身長45メートルほどの人間の形をした存在がセフィロトの樹から発生したのだ。

 量産型人工天使と同じ15歳くらいの見た目で、ただ一つだけ違うのは彼女たちが着ていたキトンを身に着けていないことだろう。生まれたばかりの姿、ということだろうか。

 空中のセフィロトの樹から発生したその巨人は地上に落下する。

 ズドン、と大きな音を立てて着地するが、そこは凍っている川の上。その自重ゆえに氷を突き破ってしまった。

 ちょうどそのすぐ近くにはラファエルを介抱するミカエル。ミカエルはラファエルを抱きかかえつつ割れた氷の縁に掴まってなんとか耐えている。巨人はそんなミカエルに目を付けた。

 巨人がミカエルに手を伸ばす。

「ミカエルに……触るなあああぁぁぁぁぁぁああああ!!!」

 ガブリエルは叫んで高速で飛んでいく。巨人はそんなガブリエルを軽く握りつぶしてしまう。ガブリエルはなんとか巨人の拳から抜け出そうともがくが、頭を出すだけで精一杯である。

 巨人はガブリエルを握っている手を口元に運ぶ。

「そんな……嘘……嫌、いや、やだ、嫌ぁぁぁぁああああ!!」

 ガブリエルは、

 巨人に、

 喰われてしまった。

 ミカエルは呆然としたままガブリエルが咀嚼されるゴリゴリという音を聞いていた。


統一暦499年12月25日午前1時16分

 聡兎は異常なことが起きているのに気づき、ミカエルたちに運んでもらった街でスノーモービルを借りて戦場にやってきた。

 そこで見たのが巨人とそれに喰われるガブリエルである。全裸の少女である巨人に欲情するのも忘れ、聡兎は飛び出した。

「お前、なんでここに……」

 聡兎に気づいたミカエルが言う。

「決まってるだろ?」

 聡兎は右手に銃のような形の装置、左手には例の魔法端末を構える。

「女の子を救うためだよ!!」

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