深淵に眠る神

統一暦499年12月25日午前1時16分

 聡兎はさっそく背中の羽を起動する。銃のような装置、それは魔法端末を応用したものであり、端末のみでは近接でしか使うことができなかった魔術を射出することを可能にしたものである。

 銃を撃つと射出されたのは可視光では黄金に光っているように認識できる弾丸である。それは巨人に命中し、その体に穴をあけることに成功する。しかし身長45メートルもの巨人に対してせいぜい1センチ程度の穴である。効いているとは思えない。しかし、聡兎は「よし!」と言っている。

「こいつがダメージを与えられることが分かっただけで十分だ!」

 そもそも無効である可能性すらあったのだから弱くてもダメージを与えられる、ということは0か1かというくらいの大きな違いである。

 次に聡兎は巨人の眼球をめがけて銃を撃ちこむ。これで巨人の角膜に穴を開けることに成功する。

 大きく旋回して加速した聡兎は巨人の眼球に突っ込む。端末を構えて先ほど開けた穴の辺りを殴った。やはり眼球に大きな穴を開けることに成功する。腕を伸ばして眼球を掻き回すようにすると巨人は目を押さえるように手を伸ばしてくる。

 聡兎はすぐに抜け出し、もう片方の目に銃を撃ちこむ。そして端末を使って近接攻撃――なんて簡単にはいかない。聡兎は巨人に思い切り叩き飛ばされてしまった。そして聡兎が飛ばされたのはセフィロトの樹だった。

 羽を操作して回避しようとするが、姿勢が安定しないため動けない。

「クッソぉぉぉおおお!」

 そのまま聡兎はセフィロトの樹を通って深淵に入ってしまう。


 彼が深淵で何をしたのか、私は知ることができない。彼の場所は私の場所よりもさらに深い――この世界で一番深淵なる場所だからだ。ただ、彼が持っていた強い願いが人工天使の造ったまがい物のセフィロトの樹の能力を超えて真の深淵に至り、恐らくは神の能力と対面したであろうことは推測できる。


統一暦499年12月25日午前1時17分

「そんな……聡兎さん……!」

 ウリエルはセフィロトの樹の前で立ち尽くした。

 巨人は聡兎が消えたのを見届けると再度ミカエルに手を伸ばす。ミカエルは今度こそ覚悟を決めた。


統一暦499年12月25日午前1時17分

「待て!」

 その声の主はセフィロトの樹の深淵の中から出てきた。そう、赤坂聡兎。彼は深淵から帰還したのだ。ただ、深淵から出てきたのは彼だけではなかった。聡兎は一人の少女と手を繋いでいた。白髪の少女である。その姿は朝倉灯に似ているように思える。

 少女は宣言する。

「あなた方は世界を乱しすぎました。よって……私、神の能力をもって強制終了させていただきます。」

 宣言された直後だった。ミカエルを握りつぶそうとしていた巨人の肉体が崩壊し始めた。首がもげ、落下し始める。しかしそれはミカエルを押しつぶすことはなく空中で消滅する。同じように巨人の胴体も消滅し始め、数秒もすると人工天使の死体だった巨人は完全に消えてしまった。そして、生き残っていた量産型人工天使たちも。


統一暦499年12月25日午前1時18分

 気が付くと、その場にはガブリエル以外の四大天使と聡兎、琉吏、そして神の能力だけが残っている状態だった。

 神の能力と手を繋いだ状態で聡兎は地上に降りてくる。

 神の能力は満身創痍の天使たちに手をかざす。すると、

「……あれ?」

 気を失っていたラファエルが目を覚ました。ミカエルの傷は塞がり、琉吏の腕も治った。ウリエルの生傷も癒えた。

「……でも、ガブリエルは……」

 ミカエルが呟いた。

 神の能力は目を瞑って言う。

「少々お待ちください。」

 数秒後。膣を通って生まれだす赤子と同じように一人の少女が虚空に生まれた穴から出てきた。生まれたばかりの姿のガブリエルである。

「ガブリエル……!」

 ミカエルはすぐに彼女を抱き上げる。

「……?ミカエルはなんでそんなに泣いてるの?……というか、なんで私は裸なの?」

 目を開けてそんなことを言うガブリエルをミカエルは強く抱きしめた。

「それでは。」

 神の能力は虚空に扉を出現させた。その扉を開けると向こうには明るいとも暗いとも言えない、奇妙な空間が存在していた。そもそも薄い扉を開けると向こうに別の空間が広がっているというのが異常な現象だが。

 神の能力が扉の向こうに行ってしまい、扉が閉まる。すぐに扉は消えてしまった。そこにあるのは何もない虚空のみ。

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