雪の森
統一暦499年12月24日午後11時50分
白海沿岸の針葉樹林を流れる川の岸を恵吏とアカリは歩いていた。川と言っても水面が凍ってしまっているため木が生えていないからここに川があるはず、という程度しかわからない。
思い出したように恵吏が言う。
「あ、そういえば今日って……」
「伏せて!」
突然、アカリが恵吏を押し倒す。その直後恵吏の頭上30センチくらいを正確に貫いたのは一枚のお札。
「あれは神道で用いられる封印の札を応用したものです。命中した相手を行動不能にする……そうですよね?」
アカリは森の奥に語りかける。木の陰に隠れていたのは
「こういう手荒な真似をされたくなかったら我々に保護されてほしいんですが。」
恵吏はアカリの手を引っ張って走り出す。栖佳羅は小さくため息をついてから言う。
「出てきてください。」
その瞬間、森の中から迷彩服を着た武装集団が出てくる。既に恵吏たちは取り囲まれていたようだ。
「保護されて頂けますか?」
恵吏は右、左、後ろと確認して完全に囲まれていることを確認する。
「……どうしよう。」
「あと10秒。」
「……?」
恵吏はアカリの言葉に首を傾げたが、その通り10秒後だった。
「……拘束してください。」
栖佳羅が指示し、二人を囲む輪が縮んでいく。
統一暦499年12月24日午後11時51分
8人の量産型人工天使の集団が白海上空を飛んでいた。何かを発見したのか彼女たちは下降していく。
統一暦499年12月24日午後11時51分
ズドン、という大きな音とともに吹き飛ばされた雪が舞い、視界を遮る。視界が晴れてくると栖佳羅の部隊の隊員たちが倒れているのが見えてくる。そして何者かが恵吏の前に降りてきた。――人工天使・量産機。ルキフェルがリーダーを務めるプロジェクトが生み出したものの一つ。世界に4人しか存在しない人工四大天使にはスペックは劣るものの、生産コストを抑え大量生産を可能にすることで総合的な面では四大天使に匹敵、いや、上回ることも可能とされている。
8人のうちの一人が恵吏に言う。
「ルキフェル様は早急に儀式を決行することを望んでいます。……さあ。」
恵吏はアカリの方を振り向く。
「大丈夫です。」
アカリはそう言うと何か集中し始める。
「アクセス禁止:000000000dkcn~000000000dkcu」
アカリが同じようなことを言っているのを恵吏は覚えていた。そう、あの時。ガブリエルの能力を止めたとき。
量産機たちの様子がおかしい。無表情なのでその感情は読めないが、自分の腕や体を確認すると寒がるような挙動をし始めた。
量産型人工天使の服装はルネサンス期の絵画などのイメージのように白いキトンで統一されている。防寒対策など施されていない一枚布だし、腕は露出している。それなのに様々な厳しい環境にも対応できるのは天使の力ありきだった。その能力が封じられた今、彼女たちは極寒の大地に薄着で放り出されたということになる。
そんな様子をぼんやり見ていたが、恵吏は思い出した。こんな能力を使うとアカリにかかる負荷は凄まじいはずだ。前回、対象がガブリエル一人でも酷い状況になっていた。複数の相手に能力を使って無事で済むはずがない。
「今のうちに……に……げ…………」
恵吏が振り向いた瞬間、アカリは倒れてしまった。
恵吏はアカリを抱き上げて走り始める。そんな恵吏の顔の真横を高速の何かが飛んで行った。振り向くと立っていたのは雪玉を握っている栖佳羅。彼女は無言でもう一球を投げてくる。
普通に投げたところでそれはただの雪玉である。そこに栖佳羅の能力が加わることでただの雪玉は高速の弾丸と化す。小鳥遊栖佳羅はスカラー量を操る能力を持っていた。
彼女が所属する略称:「機関」はこの世界に少なからず存在する超常現象と呼ばれるものについて研究する機関である。「機関」が研究する現象の一つが極稀に発生する異常能力を有する人間である。つまり、栖佳羅はそういう人間だった。「機関」現職総統でありながら「機関」に所属する異常能力を持つ人間の中では最強とされる存在であった。
栖佳羅の能力により「速さ」というスカラー量を操作することでただの雪玉が高速の弾丸になる、というカラクリである。ただ、彼女が操作できるのはスカラー量のみ。ベクトルの向きは操作できないため、栖佳羅自身で対象に正確な向きの初速度を与える必要がある。
「……また外したか。」
恵吏は慌てて森の中に走り出す。
統一暦499年12月24日午後11時59分
喉の奥から血の味がする。恵吏の体力は既に限界を超えている。暗い森はそれだけで不安を掻き立てるし、逃げ切れるとは思えない状況が追い打ちをかける。仮に逃げ切れたところで行く当てもなし。このまま状況を打開できずに時間だけが過ぎてしまうと体力が尽きたアカリが死んでしまうかもしれない。恵吏は泣きそうだった。
統一暦499年12月24日午後11時59分
それはまさに奇跡と形容するのが正しいんだろう。そのタイミングは完璧だった。ちょうどその時、白海に流れ込む川、北ドヴィナ川周辺の上空を飛行していた人と天使が6人。彼女らはまるで窮地に立たされて痛切に救いを求める魂に呼応するかのようにそこに降り立つ。
統一暦499年12月25日午前0時
ズドン、というような大きな音が聞こえ、立っていることさえままならないほど地面が揺れる。転んでしまった恵吏はすんでのところでアカリの上に倒れるのを避けることができた。
深く積もった雪から顔をもたげ、音のほうを向く。そこに立っていたのは一人の少女。赤い髪、中世の騎士が着ていたもののような甲冑、そして両手には燃え盛る炎を纏った剣。彼女の周りの雪は彼女が放っているのか炎剣が放っているのか判別できないが、高熱によって溶けている。恵吏のほうを振り返った彼女の瞳は燃え盛る炎のように赤かった。
「もう大丈夫。私は神の使徒だから。」
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