逃避行の終わり

統一暦499年8月28日午後0時15分

 エルネスタはニューヨークの統括政府ビルの最上階、大統領執務室に居た。

 仕事がひと段落して昼休みに入り、エルネスタは気づいた。

「ACARIの演算速度が大幅に低下している……?」


統一暦499年8月29日午前1時18分

あかり!」

 恵吏えりが叫んだ。

 アカリは見るからに体調が悪く、横の御繰みくるの肩に掴まってなんとか倒れないでいる、という感じだった。

 恵吏は御繰を睨む。御繰は目を逸らして俯いていた。

「……返します。」

 御繰は消え入りそうな声で言った。無言のまま、恵吏はアカリを受け取る。

 アカリの顔は赤く火照っていて、涎が垂れ、目が異様に見開かれていた。

「氷は?」

 恵吏が聞いた。

「無駄よ。」

 答えたのは、階段を上ってきたガブリエルだった。その後ろには不審げな表情の紅音あかねと額に手を当てて何かを考えている聡兎そうとが居た。

「その子、おかしい量の演算を一度にやってるもの。氷で冷やす程度じゃ焼け石に水ね。そもそも根本的な解決になってないし。……ちょっとその端末ちょうだい。」

 ガブリエルは恵吏の端末を半ば奪うようにしてもらうと、端末を掴んだまま目を閉じて何かを呟いた。すると、アカリの顔から見る見るうちに火照りが冷めていく。

「……!何したの?」

 恵吏が尋ねる。

「私が直接ネットワークに接続する権限は今ブロックされてるけど、適当な端末を介して間接的になら接続できる。まあ、端末の性能のせいで体液中の水分子の熱運動をいくらか抑えるので精いっぱいなんだけどね。これでまともに会話くらいはできるでしょ。」

 アカリはようやく自力で立ち上がった。

「私は誰の指図も受けません。どんな個人のためにも動きません。総合的な利益のためだけに動きます。従って、あなたたち人工天使計画のためにも動きません。」

 恵吏は思わず聞き返す。

「待って、人工天使計画?」

「……ええ。大統領あたりから話くらいは聞いたかしら。私がその天使よ。」

 恵吏は思わず一歩後ずさった。

「天使なんてよく言うものよね。私たちの主人は――ルキフェルは、神なんかじゃないのに。だから、私たちは真に仕える先、神が完成するまで彼からの任務を遂行し続けるわ。」

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