第16話 決意


達夫はリアから良子の死相の事を聴かされ落ち込み、病院への足取りは自然と重いものになっていたが、良子と会う時は笑顔でいようと決めた。


病室のドアを開けて良子の顔が視界に入ると一瞬心の中が騒ついたが、笑顔を作って良子に歩み寄った。


「あら?来てくれたの?わざわざ来てくれなくてもよかったのに。昨日あらかた荷物持って帰ってもらったし。」


良子は嬉しそうに笑顔で答えた。


「もちろん来るよ。心配だし、ほらこれ?」


達夫は自分の肩に担いでいたバイオリンケースをみせた。


「これから練習ってこと?」


「明日から良子は仕事でしょ?だから今日しかないかなって思って。」


「土日があるし簡単な曲だから大丈夫かと思ったけど。まぁ早めに合わせておくのもいいかもね。」


「それに病院で退屈してるだろうなと思ったから、一番の気分転換はバイオリンを弾く事かなと思ってね。一緒に合わせたらいつも楽しくいられるでしょ?」


「死ぬほど退屈だったよぉ。身体が元気だから余計にね。」良子は笑顔を見せたが、達夫は『死ぬ』という言葉に一瞬ドキッとした。


「一回本当に死にかけたんだから死ぬって言葉は使わないようにね。」と達夫は返し、二人は病室を出ることにした。




--------------------------------------------------



数日間不在にしていたが、両親が来たこともあり、良子の家は片付いていた。


「冷蔵庫には何もないね。あとで買い物行かなくちゃ。まぁでもまずは寒いしお茶でも飲みますか。」


良子はお湯を沸かし日本茶を入れ、ストックしていたクッキーをお皿にのせてテーブルの上においた。


良子はお茶を飲みながら、病院生活がどんなに退屈だったのかとともに、たくさんの必要もない検査をした医師達の不満を達夫にぶつけていた。達夫は聞き役に徹して時より同意の言葉を返した。


そして、ようやく鬱憤を吐き出し終えると、「じゃー弾く準備しようか。」と言った。



譜面台を立て楽譜を置き、バイオリンを取り出して松ヤニを弓にぬる。調弦をして各自音階を弾いて指をならす。


曲目 -- 慈しみ深き友なるイエスは--きよしこの夜--もろびとこぞりて--


「じゃー弾こうか。一回全部通す感じで」


そう言うと二人の演奏が始まった。いつものように良子が主旋律を弾いて、達夫がそれをサポートする。散々一緒に弾いてきた仲なので二人は阿吽の呼吸である。


達夫はバイオリンを弾きながら、良子と過ごした日々を思い出していた。

初めて会った日、オケでの練習の日々、初めてデートした日......


そんな大切な時間を共有した良子が消えようとしているのか....


気がつくといつの間にか達夫の目からは涙が流れていた。


それに気づいた良子がバイオリンを弾くのをやめて


「どうしたの?」と心配そうに言った。


「ごめん」


と言うと達夫はバイオリンを机の上に置いた。


「今回の事故でどんなに良子が大切なのかわかったんだ。だから.......だから結婚してください。」


そう言うと深く頭を下げた。


良子の目からも涙がこぼれる。


「はい」


良子は一言だけ答えた。


達夫は鞄の中に指輪が入っている事を思い出し、指輪を鞄から取り出して良子に見せた。


良子は涙を流しながらも笑顔になった。


達夫は良子の指に指輪をはめて、良子を抱きしめた。良子の暖かさを服の上からでも感じる。


達夫は良子を抱きしめながら「絶対死なせない」と心に誓うのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る