第3話 12月16日の始まり


達夫が目を覚ますと、自分の部屋のベッドの上にいた。すでにカーテンの隙間から日が差しこみ、舞い上がっているホコリを照らしている。


「いたたたた。」

二日酔いのせいか、激しい頭痛がする。


「昨日はどうやって帰ってきたんだっけ?」

重い頭に鞭を打って、昨日のことを思い出してみた。


「確か、中野(会社の同僚)たちと飲んで、変なバーに立ち寄って、変な婆さんが変な事言ってたなぁ。」

だがその後の記憶は思い出すことができなかった。


「あれは現実だったんだろうか。」


そんなことを考えながらベッドで横たわっていると、携帯の着信を知らせる音がした。達夫はその音がどこから来るのかわからず探し回り、やっとの事で玄関の脇においてあったコートの中から携帯を見つけ、取り出した。


携帯には「良子」の文字が表示されていた。


「もしもし達夫?まだ来ないの?ずっと待っているんだけど」


ベッドの横に置いてある目覚まし時計は9時50分を差していた。


そういえば今日は良子とクリスマス用の飾り付けを買いに行く予定で、御徒町の駅の前で9時半に会う約束をしていたのであった。


「ごめん、昨日飲みすぎちゃって、どう帰ってきたかもあんまり覚えてないんだよね。今から支度して出るから、どっかの楽器店で楽譜でもみてて。クリスマスに弾く曲もう決めておいちゃって。」


「全くいつも時間にルーズなんだから!私が彼女じゃなかったらとっくに帰っているところだからね。埋め合わせはしてもらいます!」


「わかりました。すみません...」


酒を大量に飲んだ後の寝起きでだったので、シャワーを浴びて行きたい所だったが時間が時間だったので、服を着替えて、寝癖が目立たないようにキャップをかぶり、そのまま出発した。



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なんとか最短で電車を乗り継ぎ電話を受けてから40分で御徒町につくことができた。


来週からクリスマスということもあり、街は買い物客でいっぱいだった。


「もしもし、俺だけど、どこにいるの?もう駅についたんだけど?」


「私ももうそろそろかなって思って、そっちに向かってる。もう着くよ。」


その時だった。100mほど先でドーンという大きな音と共に悲鳴が聞こえた。


車どうしが衝突したのか?


何か嫌な予感がする。


「良子? 良子?? りょーこ!!」


電話に話しかけても応答がない。


達夫は携帯を握りしめ、大きな音がした場所へ走った。


現場では二台の乗用車が正面衝突したようだった。


双方の車のフロントガラスにヒビが入り一台は歩道へと乗り上げていた。


その下を見ると一人の女性が横たわっていた。


見覚えのあるコート、髪の長さ、紛れもなく、それは良子だった。


その良子からは大量の鮮血が流れでている。


達夫は信じられず、立ち尽くした。


良子に駆け寄らなくてはと思うのだが、身体が動かないのである。


達夫の身体は小刻みに震え続けた。


精一杯の力で、なんとか右脚を出すことができた。


そのあとの二歩目からは徐々に軽くなっていった。


達夫は良子に駆け寄りというよりは、むしろ歩きより、そして震える手で大きく開いた傷口を押さえて止血を試みた。


「誰か救急車呼んでくれよ!!誰か!!」


震える声で達夫は叫んだ。


押さえている傷口からは次々と血が溢れ出し、飛び散った血は達夫の顔を血で染めた。


何もできない無力さに達夫の目からは涙がこぼれ、良子の血と混じり、そのまま良子の顔に無機質に滴り落ちるのだった。

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