第2話 扁平教室・第1回後半

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 「被害者・十道は13時25分に発見されている。奴は12時までは授業をしてい

 て、その数分後に職員室に戻り、昼食を済ませると急いで、まあ12時10分とし

 ておくが、どこかへ行った。つまり犯行は、12時10分から13時25分までに

 なされた可能性が高い」

 「龍矢、事故という可能性はないのか?」事件から数日たった放課後、俺と龍矢は

 教室で話していた。

 「奴が何を思ったか、今までの行いを反省し盗撮の証拠を物理的に破壊したうえ、

 さらには転んで頭を打ったっていうのか?そりゃ絶対ないとはいわないけれど、一

 人で転倒したり、自分でやったのではできない傷だそうだよ。凶器は現場に転がっ

 ていた小型のハードディスクドライブで、やはり破壊されていた」

 「誰かがやった可能性が高いということか」俺の言葉に龍矢はうなづき、

 「さて、ここからが本題だ」

 「本題?」

 「そう、誰が奴を殴ったのかということさ―被害者の行状があのとおりなので、か

 なりの数の女子生徒から恨みを買っていた。まあ男子生徒からも恨まれていたけれ

 ど」

 「盗撮や脅迫といったら立派な犯罪だ。男子生徒に対してはごく普通に想像できる

 程度の恨みだ」十道の奴はごく典型的な体育会系のクズということだ―そこいらへ

んは特に説明するまでもないだろう。

 「男子生徒が犯人で、自分に容疑がかかるのを防ごうとした。そのために現場にパ

 ソコンなどを破壊してばらまき、女子の犯行に見せかけた―そんなことができるの

 か?」

 「そうだね、十道の奴だって男子から空き教室に来るよう誘われたら警戒しただろ

 う。―というか、警察が事情聴取した結果、12時50分ごろに現場近くで女子生

 徒を見たという証言が得られただけだ。現場近くはめったに生徒が近づかないか

 ら、これで目撃証言は終わりかもしれない」

 「それが誰だかわかるんじゃないか?」

 「いや、遠くから見て、女子の制服を着ていたというだけで、名前も学年もわから

 ないらしい―うちの高校には1000人近い生徒がいる。女子だから半分として

 も、500人もいるから無理もない」

 「正体がわからないとしても、その女子生徒が気になるな。さっき龍矢は『男子か

 ら誘われても十道は警戒した』と言ってたが、女子なら証拠をとっておき、十道に

 対し、盗撮したデータを破壊させることだってできたと思う」

 「和歌士、その女子が怪しいのは賛成だ。でも念のため、犯行は昼休みが終わっ

 て、全校集会の最中にもできたという可能性がなかったのか、検討してみないか」

 「俺たちは警察じゃないものな―昼休み中の女子生徒については、今のところ調べ

 ることはできない」

 「全校集会の最中に騒ぎがあって、十道が倒れているのが発見された時点で生徒や

 職員の点呼をとったので、当日出席していた者全員について、中庭にいることが確

 認された」

 「つまり当日欠席していて、こっそり学校に来て犯行に及んだ者がいるかもしれな

 いということか」

 「そこらへんも警察の調査の結果、ほぼ全員の所在が確認されたそうだよ」

 「欠席者は容疑から外れるのか―としても、出席していた者でもわからないんじゃ

 ないか?13時25分の時点で中庭にいると確認されても、集会の最初から、騒ぎ

 があったところまでに中庭に来て、最初からいたようなふりをすることはできる

 ぜ」

 「そうだね、これも要検討だ」

 龍矢がまとめたのをきっかけに、その日の検討は終わった。


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  その翌日の放課後、俺と龍矢はまた教室で事件について話していた。龍矢は朝会ったときから思わせぶりな態度だったので、俺としても気になっていたのだった。

 「例えば関係者に双子の兄弟姉妹がいて、二人共学校に来ていて一人中庭、一人が

 犯行ということはできないか?」

 「警察が調べたかぎりでは、関係者に双子はいないそうだよ。二人共関係者という

 場合じゃなく、一方だけが学生ないし教職員ということもない」

 「昼休み以降に現場に入ることができたという人物はいないんだろうか?」

 「発見者の先生―この人は昼休み通して職員室にいたところを証明されている―に

 よれば、現場の教室には鍵がかかっていた。マスターキーで戸を開けてすぐに他の

 先生も加わって、中庭に戻る途中にも校内を見たけれど、誰も見なかったそうだ。

 隅まで探したわけじゃないから、隠れていればわからないかもしれない。

  でもまあ、関係者に双子の兄弟姉妹はいないから、昼休みに犯行→発見後はどこ

 かに隠れてやり過ごす→みんなが教室に戻るところに混じって逃げ出す、という手

 段を使った可能性は少なくなった」

 「アリバイの次は密室ということか―ところで龍矢、どうしてそんなに事件につい

 て詳しいんだ?」

 「あれ、言わなかったか?叔父さん―おふくろの弟―が警察官でさ、まだ独身で家

 事が苦手だからいつもうちに食事にくるんだけど、事件について話すことがあるん

 だ。またま叔父さんが今回の事件の担当になってね」

 ミステリでは、登場人物が事件について推理するのに十分な情報を入手できるようにするのが前提だ。そこで、登場人物の身内が警察関係者という設定だったりして、一般には報道されないような情報を知ることができるようになっているけれど、こんなところまでお約束だったか。

 「そりゃえらく偶然だな」

 「そういえば、いいことを聞いたぞ。もう一人、事件当日の現場付近で目撃者が出

 てきたんだ。昼休みの前半、12時15分くらいに女子生徒が現場の教室付近にい

 るのを見たらしい。しかもその人は相手の顔を見たというんだ。その先輩は美少女

 データベースとあだ名されていて、校内のかわいい女子生徒ならみんな知ってい

 る、と自慢してる」

 「それならその女子生徒が犯人―ではないとしても、何かを知っていそうだな。美

 少女データベースならわかるだろう」

 「警察でもそうなった―ところがだ」

 「もったいぶるなよ龍矢」

 「その先輩によれば『かわいい女の娘だったが、今まで見たことがなかった』そう

 だ」

 「美少女博士にしては情けないな」

 「先輩は4月はじめに怪我をしてね、事件当日が5月になって以来初登校だったん

 だ。先輩が休んでいる間に転校してきた生徒はいない」

 「まさかタマじゃないだろうな」

 「安心してくれよ和歌士、さっきタマちゃんの写真を見せて確認してきたけれど、

 別人で、しかももっと背が高かったそうだ」

 「謎の美少女か―」

 「以前にも、昼休みが終わる直前に現場付近にいた女子生徒が目撃されているね。

 そっちの方は目撃者が美少女博士の先輩じゃない。30分くらい時間が離れている

 から、同一人物かどうかは不明だよ」

 「だったら俺たちには確かめる手段がないな。あ、例えば、綾辺先生が女子生徒の

 制服を着ていた可能性はあるかな」これな半分冗談だ。

 「先輩のデータベースには綾辺先生も含まれていた。一応聞いてみたんだけど。

 そもそも綾辺先生は現場に近づいてもいない。教職員は警察により持ち物を―ロッ

 カーはもちろん、車通勤の場合は車の中まで検査されている。変装できそうな服を

 持っていた者はいなかった」

 「やっぱりか、先生は人気があるもんな。ひとまず、密室のほうを検討するか」

 ここで断っておくが、タマの主こと妹姫様はその女子生徒ではない。彼女は神社の境内でないと実体化できないのだ。

 校舎の構造は単純だ―現場のあるのはいちばん北側の第一校舎で、南北に長い直方体になっている。中央が長い廊下になっていて、教室は東側にしかない。廊下の西、教室のない側は流しやトイレ、教職員用のエレベーターなどがある。

 「ただしエレベーターは校舎の南西隅で現場とは反対側にあり、おまけに当日は電

 源を切ったうえ施錠されていた。エレベーターの鍵は教頭が管理していたから除外

 できるだろう」龍矢が言った。俺も同感だ。

 現場は4階の一番北にあり、廊下の反対側には非常階段に通じるドアがある。

 「警察は非常階段も調べているよ。鍵を持っていなくても校舎内から非常階段に出

 られるけど、外側からドアを施錠できない。鍵は例によって職員室だし、発見当時

 はドアは施錠されていた」

 「合鍵は作れないか?」

 「事前に作っておくことは不可能じゃないだろう―でも」

 「まだ問題があるのか」俺の相槌に龍矢は、

 「第一校舎の西側に団地があるだろう?警察が聞き込みをしたら、事件当日、犯行

 時刻ごろに非常階段を見ていた住人がいた」

 「その目撃者によれば?」

 「12時直前から13時30分の発見時刻にいたるまで、誰も非常階段を通ってい

 ないそうだ。目撃者は二人並んで非常階段の方を見ていたし、一人がトイレに立っ

 たことがあっても2、3分だったそうだ。目撃者が犯人と共犯だったんだろう、な

 んていわないでくれよ。もし他にも目撃者がいれば、そんな工作も意味がなくなっ

 てしまうのだから」

 「犯人だったらそんな不確実な状況には頼らないだろうな」

 「以上から、犯人は非常階段を通らなかったとしてよさそうだ」


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 「犯人は現場から逃走するのに、非常階段は使わなかった」俺の仮定に龍矢は、

 「だから犯人は非常階段ではなく別のところから出て行った、となる。現場には廊

 下へのドア以外に、廊下側の壁の天井付近に換気用の窓があり、中庭側にもドアと

 窓がある。どちらも発見時には施錠されていた。廊下側のドアは外から鍵で施錠す

 るか、内側からツマミで施錠することもできる。

  これに対し、中庭側のドアは内側のツマミでしか施錠できない。このドアはベラ

 ンダに通じているけれど、ベランダはすぐに途切れていて、ベランダづたいに他の

 教室へ行くことはできない。下に降りられるハシゴや階段もなくて、外から入られ

 ることを考慮しないでいいから内鍵しかないんだね」

 「龍矢、廊下側のドアは教室内から施錠できるんだよな―十道が廊下で犯人に傷を

 負わされ、現場に逃げ込んで内側から鍵をかけ、その後倒れたということはないの

 か?」

 「叔父さんの話では、十道の奴は職員室で持っていたおにぎりをほおばり、手に持

 って食べながら現場に向かったらしい。途中の階段の手すりや現場付近の廊下の

 壁、さらには現場の廊下側のドアと取っ手にもご飯粒が付いていたそうだ。ところ

 が廊下側のドアの内鍵をかけるツマミにはご飯粒が付着していなかった。犯人は手

 袋をしていたのか、現場の教室内からは指紋は発見されていない。手袋をしている

 犯人が鍵のツマミだけ拭き取る、というのは不自然だ。だから、十道自身がドアを

 施錠したわけではないと考えられる」

 「犯人からの追撃を避けるため被害者自身が鍵をかけた、という可能性はなしか」

 「推理小説ではよく検討されるね―ついでに針と糸を使って施錠する手段も検討し

 ようか。廊下側天井近くの窓は施錠されていて糸を通せる隙間はない。中庭側のド

 アと窓にも隙間はない、だが」龍矢が意味ありげに話すのを止めた。

 「どうしたんだ龍矢」

 「中庭側のドアの真上の壁に、直径10センチほどの穴が空いている。教室でスト

 ーブを使うとき、ストーブ本体に鉄製の煙突をつなぎ、さらに煙突を穴に通して換

 気していたんだろう。以前にふさがれたはずなのに、発見時には詰め物が外され、

 穴が素通しになっていたそうなんだ」

 「直径10センチじゃ人は通れないな」

 「でも念のためということで警察が穴を調べたら、」

 ここで龍矢は俺に顔を近づけ、

 「何があったと思う?」と続けた。

 「犯行の痕跡でもあったのか」

 「まさに―穴の周囲に丈夫な糸でこすったような痕跡があった」

 「それだけか」俺の反応が物足りなかったのか、龍矢は

 「犯人が糸を使って、中庭側のドアの内鍵ツマミに引っ掛けて、施錠したかもしれ

 ないんだぞ」

 「ドアを施錠しても、ベランダからは脱出できないぜ」

 「でも現場の教室前のベランダは、中庭に立っていると、木が邪魔で見えないだ

 ろ?事件直後にあんな騒ぎになったし、そもそも空き教室のベランダなんか誰も見

 ていないだろうけど、あのときベランダに犯人がいたかもしれないんだよな」龍矢

 は悔しそうだ。

 「たとえ一時的にベランダに退避しても第一発見者に見つかるんじゃないか?」

 「そうなんだ。発見者がすぐに誰かを呼びにいってしまったのなら、急いでベラン

 ダから教室に戻り―この場合糸で施錠うんぬんはなしで―ここではじめて中庭側の

 ドアを施錠して、現場から逃げられたんだ」

 「だが実際には」

 「発見者は現場を見て一瞬驚いたが、誰かが隠れていないか教室中を見回し、ベラ

 ンダにも誰かいないか、床に寝そべっているだけじゃなくて、上の壁に張り付いて

 いるんじゃないかと思って見てみたそうなんだ。現場には人が隠れられるような机

 やロッカーもなかったから、犯人はベランダに隠れた、という説も成立しない」

 「ついでに発見者が犯人と共犯、ということもないんだろ」

 「ああ、発見者が来てから数分して別の先生も来ている。校長に伝えるため中庭に

 戻るまで、校舎内を見たが誰も隠れていなかったそうだ。まったくうちの先生方

 は、そろいもそろって慎重だよ」

 「龍矢、事件の推理が目的になっていないか」

 「とか言いながら和歌士、お前だって十道の奴なんかの敵をとろうなんて思ってい

 ないだろ」

 「違いない、あんな奴がやられてまことにめでたい」

 「ついでに事件を検討して推理するというオマケまでついてくるわけだ」

 俺たちは笑い、

 「そもそも犯行は発見直前ではなく、午前中か、あるいは昼休みがはじまってすぐ

 だったということはないのか?」

 「と、いうと?」龍矢が促すので、俺は

 「十道の奴は頭を殴られたんだよな?倒れたのは昼休みの終わりだったとしても、

 殴られてすぐ倒れると決まったわけじゃない。殴られた時点では平気だったのか、

 あるいは少し気を失ったかもしれないが、奴は危険な状態であることに気づかず数

 時間普段通りにしていた。だが昼休みの終わり頃に脳内の出血が激しくなり、現場

 で倒れた。倒れたところにパソコンの機体があり、奴はまた頭を打った。傷の場所

 がたまたま同じで、しかも後の傷が前の傷に重なってしまった」

 「つじつまは合うけど、鑑識によれば複数回殴られたとか、倒れる前から脳内出血

 していたといった形跡はなかったそうだよ。それに警察は当日の十道の行動を調べ

 ている。部活の朝練から午前中の休み時間に至るまで、ほとんど複数人に目撃され

 ている。まあ、どの生徒とどういう話をしたかまでは把握できなかったけれど」

 「そうか」俺がうなづくと、龍矢は続けた。

 「奴は妙に機嫌が良く、いつもなら生徒を怒鳴りつけるところが、ただ注意をする

 だけだったらしい」

 「以前の犯行というセンも行き詰まりそうだな」

 「そうすると、例の、昼休みに入ってから目撃された女子生徒が怪しいことになる

 かな」龍矢はメモに記入しながら言った。

 「どちらの生徒が犯人でも、犯行後は現場から出られないぜ」


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 「ただ昼休みの犯行だとしても、偶然が味方すれば可能かもしれない」

 「偶然?」

 「話してなかったっけ?あの昼休みの騒ぎについてなんだけど」

 「ああ、ほとんどの生徒はそっちを気にしているよな―俺たちと違って」

 「生徒に事情をきいたところ、あの日は事件以外にも変わったことがあった」

 「変わったこと?」

 「あれ、和歌士は気づかなかった?あの日は女子生徒たちが妙にそわそわしていた

 のに」

 俺は奈実子のことが気になりっぱなしだった。

 「事件当日にはプールの授業があった」

 「うちのクラスもそうだったな」

 「プールの授業の後で、ほとんどの女子生徒の下着が盗まれていたんだ。昼休みに

 飛んできた下着は、何者かによって盗まれたものだった」さらに龍矢は続ける。

 「和歌士、現場の中庭側のドアにはツマミ式の鍵がついていたよね」

 「でも中庭側のドアの鍵をかけられたとしても、外はベランダで行き止まりだ

 ろ?」

 「そう、でもドアを施錠することはできる。まず廊下側のドアは手袋かハンカチで

 施錠することが前提だよ―丈夫な糸を用意して、片方は下着の穴に通して、風では

 ためいて飛びやすくし、もう一方の端は小さな輪にする。一旦ドアからベランダに

 出て、外から輪にした方を煙突の穴に通して、ドアのツマミに引っ掛ける。ここ

 で、犯人はまたドアを閉めつつベランダに出た。この時点で、犯人はベランダにい

 て、糸の下着の方の端を持っている」

 「ずいぶん昔の推理小説のようなトリックだな」

 「この状態で犯人が糸を引っ張るか、あるいは風で下着が引っ張られ―もしかする

 と犯人は下着を複数枚用意したのかもしれない―ツマミが回されてドアが施錠され

 る。騒ぎの直前に下着が何枚か飛んできたのは、このためだ」

 「―そりゃあずいぶん面白いな、でも犯人はベランダに追い詰められたままだぜ、

 どうやって脱出するんだ?」

 「そこで大量の下着が役に立つのさ。言い忘れたけど、犯人は密室トリックで使っ

 たのとは別に、糸で数百枚もの下着をまとめたものを持って、ベランダで風が吹く

 のを待った」

 「ここまできて偶然に頼るのか」

 「そうだよ―でも中庭からは木が邪魔で、犯人が立っているベランダは見えない。

 偶然にも強い風が吹いてくると、犯人は下着をまとめて布のようになったものをま

 とい、ベランダから飛び降りたんだ」

 「それじゃあ自殺行為だぞ」

 「必ずしも飛ぶ必要はないんだ、数秒間だけでも身体が浮けは、すぐ前にある大木

 に飛びつくことができる。幹を伝って降りてくれば中庭は大騒ぎの最中だ、いくら

 大勢の生徒がいようと気づかれない。集会の最初はみんな誰がいるか注意していな

 かったし、生徒の点呼をとったのは事件が発見されてからだから、アリバイありと

 見せることができる。ついでに中庭は校舎の延長みたいなもので、上履きで集会に

 出る生徒も多いから、上履きのままでも怪しまれない」

 「それは素晴らしいな、下着の盗難と昼の騒ぎの両方に説明がつく」

 俺の賛辞にも、龍矢の表情は晴れない。

 「だからこそ悔しいんだよ。これだけ見事に説明できるのに、肝心のところで強風

 という偶然に頼らなければいけないのが」

 「俺も惜しいと思うよ、こんなにいい推理を捨てるのは」

 「でもきっと、真相は違うんだろうな、叔父さんの鼻を明かすことができたかもし

 れないのに」

 龍矢はまだ悔しそうだ。その無念さは俺も、いや、俺だからこそよく分かる。

 ―何しろ、龍矢の推理は真相どおりだからだ。


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 十道の奴は多くの女子生徒に手を出していた。口説くのならともかく、ここで言うのもイヤになるような手段で。

 そして奈実子もその一人だった。

 あの日のトリックは龍矢が推理したとおりだ。ただ、下着を盗んだのは奈実子と、女子生徒の服を来た俺だった。奈実子は俺たちのクラスの授業を見学したときにクラスメイト(隣のクラスと合同授業だったので、2クラス分だ)の下着を盗み、俺は他の時間に他の学年の生徒のを盗んだ。奈実子だけいないのでは疑われてしまう。

現場に行き―つまり犯行までも―脱出したのは奈実子だった。奈実子は体育委員という立場上、十道と他の話に加えて現場で会うという話をすることも容易なのだった。

俺が変装して現場に行くと言ったのに、奈実子はどうしても譲らなかった。十道の奴はどれだけ憎まれていたのだろう。


 おっと、龍矢は『強風という偶然』と言っていたっけか。もちろん普通なら強風が吹くとは予想できない。

 だが俺は違う。この世界では学園ラブコメのお約束イベントが起こると神様に告げられた俺ならば。

 奈実子が十道の奴の毒牙にかかった―幸い、まだ脅されただけだった―と知ったとき、学園ラブコメのお約束が発生した。ヒロインが下着を履いていないときに限って、なぜか決まって強い風が吹くということが。

 奈実子一人で風が吹いたのだ、だったら数百人だったら?

 俺は奈実子に計画を話し、本番の前にも下着でトリックの練習をした。龍矢が目撃したのはそのときのことだ。ただし脱出トリックの方は現場ではなく、別の教室でやった。同じ型のドアがあれば不足はない。タマの神通力のおかげでプールが温水になり、いつでもプールの授業ができるようになったもの幸運だった。


―そうしてあの日、本当に強風が吹いた。中庭はパニックになり、集会はじめに奈実子がいなかったことに誰も気がつかなかった。


 龍矢のスマホが震えた。

 「ああ叔父さん、今学校。とても惜しいアイデアがあってさ、やだなあ、今度はち

 ゃんと―え?十道が死んだって?」

                   6


 帰り道、俺は奈実子を見つけた。逃げようとした俺に奈実子は声をかけてきた。

 少しの間一緒に歩き、あたりに人がいなくなってから奈実子が口を開いた。

 「和歌士がどう思っているか分からないけど、私は後悔していないよ」

 首を縦に振るのがこんなに重労働だと思えたのははじめてだった。道端にいつかの『拾ってください』と書かれたダンボール箱が見えた。あのときの猫は誰かにもらわれていったのか、空になっていた。

 「そもそも私、あそこに入って出ただけだから」

 「そうじゃぞ和歌士、あれだけ思いつめていながら情けない―まあそこがかわいい

 ところじゃがな」いつの間にか、タマが俺の横を歩いていた。

 「タマさん、授業お疲れ様」

 「お互いにの。まあこやつは道化がお似合いじゃ―妹姫様のご意思じゃからな」

 「タマ、どういうことだ?」

 「あの十道とかいう奴もな、法則を知っておったのじゃ」

 話が見えない。

 「お主は平和な生活を望んだが、世の中そうせぬ奴もおる―奴はそれじゃった」

 俺の視界にまた『拾ってください』の箱が映り、瞬間真相が分かった。

 タマとはじめて登校したとき、あの箱には猫が入っていた。

 おそらく十道は奈実子に頼まれたとおり、猫を拾ったのだろう。そこでお約束のようなイベントが起こるという法則が働いたのだ。

 「―捨て猫に親切にすれば、人間の美少女になってくれる」

 「正解じゃ―あの朝お主のクラスに転入したのは、私だけではない。元は猫で、美

 少女になった生徒がいたのじゃ、あのかわいい先生に猫本と呼ばれておったろう」

 「あの娘が」

 「もちろん本人としてみれば、ただ甘えるつもりで飛びついたんじゃろう。だが現

 場にはパソコンとかいう鉄のかたまりが転がっておった。倒れたところにちょうど

 パソコンがあり、頭をぶつけたというわけじゃ」

 「十道先生は、わたしが昼休みに行ったときには倒れていた。そのまま戻ると疑わ

 れるから、計画どおりドアをロックして戻ってきたんだよ―あれ、和歌士」

 安堵のあまり、俺は立っていられなくなった。タマに道化呼ばわりされるくらい何ともない。

 「そういえば十道先生、あの日の朝、わたしには、これまでのデータを処分する

 し、二度とかかわらないって言ってたんだよね、何でいきなりそんなこと言ったん

 だろう?」

 「猫との生活で愛情に目覚めたのかもしれぬな。結果的には処分したパソコンがや

 つの命取りとなったわけじゃが、まあ詳しいやつならこう言うじゃろう―悪人が更

 生しようとすると、すぐに死ぬのがお約束だと」


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扁平教室 九谷康夫 @straymond17

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