第37話

赤黒いドロドロの液体に向かって落下する。


「ぐぁああああ゛あ゛あ゛!!…」


赤い液体をすり抜けた途端に視界が赤黒く変わり、落下する浮遊感が無くなり、代わりに平衡感覚が曖昧になり、気持ち悪くなる。


「えっ!?っんぁにぃっ!?っやぁだっ!!前が見えないっ!!あぁあ!!」


時間にして4、5秒だろうか。

視界を覆っていた赤黒いドロドロうごめいていた物が徐々に無くなり、視界が回復すると、いつの間にか地面に立っていた。


「あれぇ!?ここどこ!?」


辺りを見渡すと、さっきいた草原とよく似た景色が広がるが、空は赤黒く染まっており、夜になっていた。


「...さっき飛び込んでた集団やら姉妹たちは!?」


現時点では人は見当たらない。


「結構な人数がひっきりなしに飛び込んでいた。同じ場所でスタートしていたら、少なからず人を見かけるはずだ...いないということは、一つのマップにランダムに配置されるか、グループごとにマップが生成されるという事か?」


ふふふ。

やっと異世界らしくなってきましたねぇ。

ムフフッ。


ここで急速にレベル上げをして最強になり、この都市で密かに力を使い暗躍する。気に入らない権力者を暗殺し、いつの間にか裏の世界で恐れられるおっさん。

たまらんっ!!


「フハハハッ!遂に来たか!!異世界!ムハハハ〜!…」




気分が高揚する。




「...............」





ちょとまておっさん...冷静になれ。

ここはおっさんが思い描いていた脳みそお花畑な異世界では無いことをもう忘れたのか!!


自身に対して怒りを覚える。


「自分の身に何があったのか!よく思い出せおっさんがよっ!!ほんと貴様はクソッタレだなっ!!調子に乗るなっ!!」


自分に言い聞かせるように叫び、気を取り直す。


「どの程度かわからないが、魔物が出てくるのは間違いない。視界もあまり良くない。気を抜いていい場面では無いことは子供でも分かる。ほんと間抜けだなクソが...」


次のマップに移動する条件が魔物の全討伐なのか、ボス討伐なのか、その入り口に到達すればいいのか、わからないがとにかく魔物を倒してさっさと帰って金に換金だ。



「......さっさと帰って......帰って.........!?」


.........帰還方法がわからないんだけど!?


「やばいっ!!どうしよう!?やってしまったっ!!!やっちゃった!!!」


あまりにも皆、当たり前かのように次々と飛び込んでいくものだから、雰囲気に流された。

帰る方法とか思考から消えていた。

どうせ低層だから、難易度が低いから、オンラインMMORPGみたいに初心者がうじゃうじゃたくさんいて、レベル上げに励んでいるだろうと、現地で会った人に帰り方教えてもらえればいいかという軽い気持ちで考えていたところもある。

頭悪すぎ!!


自分の中で未だにどこかゲーム感覚な所がある。

ついつい思考が楽観的になってしまう。

これじゃあまるで、ありがちな学生気分が抜けきれていない新卒社会人と一緒じゃないか。


「......落ち着け。......ッテンプレによるとフロアの敵を全滅したらとか、ボスを倒したらとかで転移門が出現して帰れるはずだ...はずなんだ!!」


完全にやってしまっている。

少し冷静に考えれば、先にこの塔の中の状況をどこかで聞くなりして把握してから、入ればよかったんじゃないのか?


ずっと森で生活してて今日ついたばかりなのに、今日いきなり入る必要はあったのか?

森の中を何週間も生き延びられたからって、この中で同じことが言えるのか?

塔の中の魔物が別次元の強さだったらどうするの?

一日くらい休んで調査してからじゃだめだったのか?

防具を欲しがるあまりまわりが見えてなった?

自分の行動が短絡的で幼稚すぎて呆れる。


「はぁぁぁぁぁ...5分前の自分をボコボコにしてやりたい!!くそがぁぁ!!ったくなにやってたんだ!…」


自分に対して怒り狂っている最中、

前方上空から羽音が聞こえる。


「......なに?」


影しかまだ見えないが魔物が2体近づいているのは間違いない。

剣鉈を構え、目を凝らす。


「............パラサイターか?」


目の前に降り立ったのは、4足歩行状態の全身の部位を不規則に痙攣させる元人間。


パラサイターは人間のしかばねに寄生したようで、人間の背中に大きな気持ち悪いコブがあり、そこからトンボの羽根を生えている。

パラサイターは死んだ生物に寄生して成長する魔物だ。


「ぐぁぁああぃぉあああ゛あ゛......ぁぁ…」


寄生した人間の死体は死後しばらく経過しているようで、腐敗が進み、皮膚は薄黒く変色し、所々うじ虫が皮膚から見え隠れする。また、猛烈な悪臭を放っている。


人間の死体が無理やり動かされて肺に溜まっていた空気が抜けると腐って緩みきった声帯を震わせ、不気味な低い声が聞こえる。


パラサイターが中で何をやっているのか知らないが、頭部の圧力が高まったのだろう。

死体の目玉が飛び出し頬の辺りまで垂れ、目、鼻、口から黒い液体がドロドロと垂れる。

口が耳の辺りまで裂けると、口の中からもう一つギザギザの歯が生えている口が見える。

パラサイターの口だな。


「うっわっ!!きもぉい!」


もう一体も以下同文。


これ以上気持ち悪いのは見てられないので、パラサイターが動き出す前に、距離を縮め、2体分の頭を切り落とす。


「くそっ!引っ込んだか」


パラサイター本体はバスケットボールくらいの大きさしかないという。

人間の死体が手足をこちらに向かってがむしゃらに振り回してくる。

2体が並列に並んで攻撃してこないように、立ち回る。

素手でなおかつ腐っているため柔らかく、特に脅威ではない。

攻撃は剣鉈で受け止めて切り刻む。


「どうやら寄生したばかりなのか、または腐り過ぎてうまく身体を操れないらしいな」


2体分の羽と手足を切り離し、パラサイターが逃げれなくしてから、身体を滅多刺しにして討伐は完了した。


「ふぅ...案外苦戦せずにやれたな」


2体分の赤霧が噴出するところ確認して安堵する。


森で1ヶ月以上魔物を狩りながら生活していたので、体型は変化ないが、多少は動きに機敏性が増していて、順調に成長していることを実感する。


パラサイターは次に乗り移る準備をしない限り死体と同化しているため、売り物にはならない。


「さて、とりあえず探索して出口を探すか」


どこまででも続く、何もない草原を歩く。






あれから歩き続け、魔物が一定時間ごとに1、2体ほど襲いかかり、難なく討伐する。


「低層のおかげか、運がいいのか、今のところ出現する魔物は弱い魔物ばかりだ。不幸中の幸いだな」


このまま倒し続けても私は祭壇場まで行かなくても赤霧を捧げられるから問題ない。


「まてよ...この世界でこれは...いわゆるチートだよね!?」


いつの間にチートを入手していた!!

いや、これはリリス様の恩恵だ!愛なのだ!!私が想い続けた結果なのだ!!


でも、このまま倒しては溜めては捧げていたら最強になる日も近いな。

ムフ。ムフフハハッ!!



さらに魔物を5体討伐したところで、第一副作用が発症した。


「あぁッ...今回は頭痛か...」


目眩よりはマシかな。

いつもだったらレベル上げ優先で発症した直後にリリス様へ捧げていたが、今回はこのまま行く。

身体能力の一時強化度合いを検証するためだ。

頭痛は赤霧を捧げるまでずっとするが、一定時間ごとに動けないほどの痛みが襲ってくる。


頭痛を患いながら弱い魔物を10体ほど倒したところで、地面から体長3mはあるフレンジーセンティピードが這い出てきた。


「っく...厄介だな...先手必勝!!」


すかさず地面から全部這い出てくる前に攻撃を仕掛ける。


傷を負う度に、素早くなっていく魔物だ。魔物の中では下の中だが、駆け出しには危険な相手だ。

フレンジーセンティピードのような下の中の魔物は森の中で何度か見かけたことはあったが、怖いので戦うことは避けていたが、倒さなければならない状況のはずだ。


腹を攻撃したいけど、懐に入ったら無数の足で拘束されなねないので、背中側に回り込み、甲殻の間に全力で刃を入れて力を込めたらすんなり胴体を半分に切断できた。


「うぉっ!まじか!力が強い気がするっああぁっ!いてぇぇ...」


クソこんなときに...

猛烈な頭痛で自然と頭を抱え、動きを止める。


「カチカチカチカチカチカチカチカチカチ…」


フレンジーセンティピードの牙が噛み合う音が鳴り響き、半身がこちらに振り返り私の頭を噛み潰そうと接近してくる。


身体が半分ほどになったことによって、動きがかなり速くなっている。

昆虫系の魔物は生命力が高く斬撃で切り刻むよりは、一撃で潰せるような手段が無いと相手にするのは難しい。


その場を逃げようとしたが、切り落とした下半身に片足を太もも辺りまで無数の足でがっちりと掴まれる。剣鉈で切り落とそうとしたが、間に合わない。


「くそっ!やばいっ!!」


振り解くことをあきらめ、剣鉈を両手持ち替える。

頭を噛み砕こうと口を開いた隙に剣鉈をムカデの頭から腹にかけて振り下ろした。


「うぉらぁぁっ!!」


一時的な身体能力向上による影響か、刃はすんなり通り、ムカデは身体半分のところまで縦に2つに分かれ、絶命する。

汚い紫色の体液を浴びる。


「うっわぁ...最悪だ...気持ち悪う...あぁ頭痛い...」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る