第33話

グチャグチャになった防具からしてゲルンダルの、街の重装兵で間違いない。


自分の手を見ると、

手の爪の間までびっしり肉が挟まっているし、毛髪が絡みついている。

力の無い私にできるかどうか怪しいが、狂人状態の時に色々と殺戮を繰り返していたということか?


では、殺戮現場の目撃者を逃していたら?

第7副作用発症している物体を発見した場合、街がどういう対応するのかわからない。討伐部隊が編成されて、討伐しにここに戻ってくる可能性がある。


目撃者含め皆殺しした場合、巡回兵が街に帰ってこない。騒ぎになり、捜索隊が編成されてここに来る可能性もある。


捜索隊と遭遇してしまったら?

なんと言って言い逃れられる?

服もボロボロ、全身血だらけ。

死体に紛れてなんとか隠れて生き延びた?

運良く本当になにも知られていないならそれまでだが、殺人容疑者として拘束されるかその場で殺される可能性の方が高い。


このまま街へ知らないフリをして帰るのもリスクが高い。

ここで失踪したら兵士殺害事件の第一容疑者として追われるだろう。

ゲルンダルの身分証明も発行している。


街の出入りが無くなった、自称記憶喪失のおじさんは巡回兵殺害時期と失踪時期が重なっている。

そこから容疑が掛けられそうだ。


私は兵士の間で少なからず話題になっているはず。

南城門前で連日寝泊まりしていたのに、突然今晩は居ない。

今日の午前に北の森に出てった事は少し調べればわかるはず。

新鮮なお肉詰められる袋はあるのかという問い合わせを商業ギルドにしている。

武器店の店主に魔物の内臓を詰め込む為の袋を作らせた。

あのおじさんは魔物狩りしようとしていた。

その最中に赤霧に呑まれ、正気を失って殺したと。


アリバイを作るのはかなり厳しい。

言い逃れもできる気がしない。


殺人をしてしまったことに対してはなんら動揺もしていないし、知らない間に殺してしまった事に責任の取りようが無い。知らん。

リリス様にお会いしたい。


「くそぅ...順調だったのに異世界転移5日目で早速やらかすかぁ。おっさんよぉ...」


リリス様からは死なないようにとお願いをされている。

リリス様はお願いと仰っていたが、リリス様のお願いは絶対だ。

絶対に死ぬわけにはいかない。


最優先事項は生存。

ならば、ここの街は見切りをつけ、大至急離れること最善。

国を出るしかとれる方法は無い。


「クソッ!剣鉈はどこだ!!」


その場から急いで離れようとしたらいつも歩くたびに左腰に当たっていた剣鉈の感触が無いことに気がつく。

かばんの存在も忘れていたが、こっちはかなり丈夫なようで、問題なく背負っていた。


辺りを見渡し、見当たらないので、肉片をあさりながら探す。


「あった!!よかった!!」


乱暴に肉片を今にも壊れそうな靴で蹴り飛ばしながら、探し続け見つけた。

剣鉈は鞘に納められた状態で肉片の中に埋もれていた。

鞘の中には血は入り込んでいない。


近くに水場があるかどうかわからないため、鞘に付いた血肉は落とすため殺害現場から離れた場所の乾いた土をこすりつけ、ついでに血だらけになった身体も土をこすりつけて落とす。


臭い消しの効果があるかどうか知らないけど、見た目の問題だ。


万が一、人に遭遇した場合に備えて、血だらけより、土だらけの方が印象が良いに決まっている。


よし、これで多少はきれいになっただろう。


「見つかる前にずらかるぞ」


時刻はもう夕方になりそうなところだ。

空が赤くなりつつある。

街がある方角から離れるように森の中を進む。


駆け足気味に森を進んでいると、違和感を感じる。


「リリス様に深淵の赤霧を捧げたからか、身体が少しだけ軽くなった気がする」


リリス様に第7副作用まで蓄積した赤霧を捧げたから、てっきりチート級になっていると期待していたのだが、わかっていたさ。

そううまくいかないことは。




いえっ!!!

決してリリス様に不服を申立てている訳では無いのですっ!!

この世界が悪いのです!神が悪いのです!




遭遇した弱い魔物、主に腐っているやつを倒しながら、更に森を進む。

辺りは暗くなっている。


「今日の移動はここまでにしとくか」


幸いなことにこの世界の月はかなり明るいので、夜だからといって何も見えなくなるわけではない。


「腹減ったな。焚火したら居場所ばれるだろうな。飯...厄介だ」


焚火の煙が月明かりで乱反射して白く目立つはずだ。

討伐隊、捜索隊が編成されていて、煙見られたら、間違いなく超特急で追いつかれる。


「食べられそうな果物探すか...」


夜は耳が良い魔物が活発になる。

足音を聞きつけて、戦い、その音で別の魔物を呼び込む永遠ループに入りかねない。

夜に移動するのはあまり得策とは言えない。


食べられそうな木の実、果物を見つけるが、この世界の植物の知識が無いため、本当に食べていいのかどうかわからん。

とりあえず、沢山実っているやつを数種類選び、かばんに詰める。


寝れそうな木を静かに歩きながら物色していると、数種類の木の枝が絡まり合い、寝るのにちょうど良さそうな天然のツリーハウスを見つけ、登る。

地上から5mくらいの高さで少し遠くまで見える。


「ふぅ〜。疲れた。ちょうどいい木があって良かった」


景色を眺め、小川を発見。これで水問題も解決した。


早速採取した果物を適当に一つ取り、山岳部時代に習った可食性テストにのっとり実施する。


可食性テストで果物を切ったりして、しばらく果物を放置していると、


「み〜んみんみんみん。み〜んみんみん」


目の前にある木の幹の裏側から白い何かが姿を現した。


「み〜んみんみん。み〜んみん」


見た目は幼い猿のような顔をしており、耳も顔も丸い。

全身真っ白な毛は羊のようにもこもこしていて、大変可愛らしい。

手には大きなどんぐりを抱えている。

大きさは肩に乗せられるほどの小さな生き物だ。

もこもこの長い尻尾もかわいいが、わからないので、剣鉈を手に取り警戒する。


なんだ魔物か?

魔物図鑑にこんなやつは見たことが無い。


「みんみ〜んみん」


野生動物なのかな?

野生動物図鑑も見とけば良かった。


「み〜んみんみん」


可愛らしい高い声でこっちと果物を交互に見ながら鳴く。


「みんみん。み〜ん」


くそっ、こんな静かな森で鳴き続けてたら魔物に居場所がバレるだろう!


特に危害は今のところなさそうなので、食べたそうに見ている果物を急いで転がらないようにひたらく切って、もこ猿の前に放り投げる。


「み〜ん。みんみん」


うるさいなぁっ!あっちいけぇ!


もこ猿が食べられるからと言って果たして人間が食べられるかどうかわからん。

ここは可食性テストを忠実に守ったほうが確実だ。


みんみんうるさいので、床に放置してた果物を同じように平たく切り、もこ猿の前に置いて、おじさんは寝た!!

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