第2話 何もなかった

彼女と目線が合う。

鷺沼愛梨。

うちの高校の中で最も可愛いとの呼び声高く、品行方正、誰にでも優しく、文武両道。

完璧な存在、神に選ばれたと言っても過言ではない。

クセのない黒髪は腰辺りまで伸びており、パッチリとした目に小ぶりな唇、左目の下の泣きぼくろが更に魅力を引き立てる。

告白された回数は3桁にも及ぶと言われる張本人。

そんな彼女が鼻を押し付け、エサに飢え、死に物狂いでエサを探す犬の如く俺の体操服の匂いを嗅いでいる。

頬はほんのり赤く染まり、恍惚の表情を浮かべている。


ちなみに俺は山川拓也。

別に何か取り柄があるわけでも無い。

陽キャでも陰キャでもない。

どのクラスにもいる、いなくなっても特に何も思われない。

そんな存在。

なんで俺のを?と思わないこともないが、それ以上に気持ち悪さが勝った。


そして俺はそっと掃除用具箱の扉を閉め帰路についた。

俺は何も見ていない。

記憶よ消えろ……。

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