エピローグ1

「じゃあ、もう一枚お願いね」


 私はかなり使い込んだカメラを母さんに押し付けて、抱きつくくらい公子にくっついた。


「ちょっと映子、ドレスが乱れるやんか」


「ええからええから、お母さん、撮って」


「はい、ポーズ」


 かしゃりと音が――鳴らない。母さんが不思議そうにカメラを見る。もう、何回教えればいいの……


「お母さん、フィルムフィルム」


 母さんは豪快に笑ってフィルムを巻き上げる。


「じゃあ、はい、ポーズ」


 今度こそかしゃりと音が鳴る。私とその隣にいる、人生で一番輝いている公子――そしてその後ろにどっしりと構える、壁面が白い漆喰しっくい仕上げの木造二階建て瓦葺かわらぶき建築が、綺麗に写ればいいなと思った。


 そして気がつく。さっきから景亮さんの両親が、私のことを呆れたような目で見ている。


 姉が好きで何が悪い。人目を気にせず姉にくっつく。私はそういうのが好きだ。結婚式が始まる前に、冬目公子となる私の姉、浜公子と一枚でも多く写真を撮る。もう完全にシスコンなのだが、それがたまらなく好きだ。


 今私がいるところは、明治時代に開業した伝統のある素敵なホテル。その本館の玄関前。ここは皇族や国賓がよく利用するところで、私の大好きな和洋折衷の素晴らしい建物である。去年に新しい新館が建っていて、そちらももちろん素晴らしいのだが、私はやっぱり時代の風を感じられるこの本館にめろめろになった。ものすごくハイカラである。洋風の服も違和感なく馴染むくらい。


 ここで本日、結婚式を挙げるのが、ホテルと並んで負けず劣らずの魅力を持つ、私の姉の公子だ。純白のウエディングドレスを着ていて、とんでもなく可愛い。こんなに綺麗に桜が咲いたのも、そうでなければ釣り合わないと気づいたからだろう。


「映子、暑いからはなれてや」


 ちぇっ……。


「わかった。景亮さんのところに戻り」


 私は公子を解放してあげた。でもたしかに、いつまでもくっついてると暑いもんな。


 母さんからカメラを受け取る。


「もうすぐ挙式が始まるから、公子は早はよう準備しい」


 母さんに言われると、公子はちょっと慌てる。挙式は正午から。もう太陽も頭上に近づいている。


「ちょっと待って、最後にもう一枚、今度は家族四人で撮ろうや」


 公子はそう言って私たちを見る。


 そっか、まだ一枚も四人で撮ってなかったんだな。全員の集合写真の前に、確かに四人で撮りたい気がする。


「お父さん、公子が写真、撮ろうって」


 私が言うと、ちょっと遠くでカッコつけて私たちを見ていた父さんが、小さく、だけどとても嬉しそうに口元をゆるませるのが見えた。――見逃さないよ、私は目がいいのです。


「じゃ、景亮さんよろしく。ちゃんと美人に撮ってな」


 私は景亮さんにカメラを渡す。


「せや、きれいに頼むで」


 双子の姉妹にそう言われて、景亮さんは呆れたように苦笑する。それから公子くらいはきはきと元気よく――


「はい、チーズ」


 シャッターを押した。

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