第24話
「ふーん、じゃあ映子とは神社で出会ったんや」
三人で喫茶店に腰を据えた。タバコの匂いが気になるけど、レトロな感じのオシャレな純喫茶だ。ランチくらいの値段がするコーヒーを、「これが東京か!」とむしろ楽しそうに私たちにも奢ってくれる姉の奇特な心遣いに感謝して、私は美味しいコーヒーを口に入れた。香ばしい酸味と……なんだろう。とにかく美味しい。
「はい、映子さんは熱心に何か祈ってました」
由美だけは甘いホットココアを飲んでいた。両手でカップを持って、顔が温まって桃色になっている。
「私の知る限りでは映子に神社参拝の習慣はなかったはずなんやけど、なんでそこにいたん?」
公子に訊ねられて、私は考えてしまった。よくよく考えたら、あれなんか本当になんとなくの思いつき――由美と出会えたのは奇跡かもしれない。
「いや――ほんまにふらーっと神社でも行こかなあって、なんか木とかの匂いが懐かしくなって」
なんやそれ――と公子は笑った。
「あんたは昔から虫取りとか好きやったもんな? あれや、ホームシックやったんやろ?」
そんなことないわい、と私は思った。
「由美さんはどうしてそこにいたん?」
私のまぶたが開く。そう言えば聞いたことがない。
カップに口をつけていた由美は公子の言葉に目をぱちぱちした。そしてカップをゆっくり置く。
「ハミちゃんにも言ったことなかったかもしれませんね」
そして私たちにゆっくり目を向ける。
「あの神社って、私にとっては特別なところなんです。お母さんと、今ではハミちゃんもですね」
大切な何かを懐かしむように微笑む。
「思い出の場所です」
聞いたことがなかった。由美ちゃんからお母さんの話はあまり聞いたことがない。私の視線に気がつくと、由美は言葉をつづけた。
「私のお母さん、幼いころに死んじゃったんですけど、一緒に良くあの神社でお祈りしてました。というのもですね、あの神社、お母さんの思い出の場所だったらしいんです。もっと言うと、もともとはお父さんが関係してたから、私たち家族の思い出の場所ですね」
知ってたの? いや、知らない――という会話を、私たち姉妹は目で交わした。
「じゃあ、せっかくだし私の家族の話をしますね」
由美ちゃんはいろいろを話し始めた。由美ちゃんに話によると、お父さんの象山さんは若い頃、なかなかのプレイボーイだったらしい。自宅にいつも違う女の子を連れて来ては、家族に呆れられていたそうだ。だけど大学生になった頃に由美ちゃんのお母さんと出会い、それからは一途な男になったという。ここで驚くべきは、その年齢だ。なんと由美ちゃんは、象山さんが二十歳の時の娘らしい。つまり象山さんは現在もまだ四十か四十一歳で、学生の時に妻も子供も持っていたということになる。
「お父さんは学生の時に、銀行員だったお母さんと結婚したんですよ。すごいでしょ、つまりそれって学生結婚ですよ? 私に今、子供がいるようなものですからね、ヤバいです。お母さんもまだその時は、社会に出たばっかりの二十四歳で――」
うーん、青春してたんだなと、私は思った。あのお父さんからそんな若い頃は想像でき――なくはないかもしれない、時々チャーミングな人だから。
「――お母さんは身体が弱かったんです。だから私を産むとき、お父さんは本当にお母さんの身体を心配して、初めて神頼みしたって言ってました。それがあの神社なんだって。頼む代わりに禁煙したって」
由美はおかしそうに笑った。仲のいい親子だから。
「それで禁煙のおかげかどうかわからないですけど、おかげで私は産まれてこれたわけです。お母さん、それがほんとに嬉しかった――お父さんは凄く優しいんだよって、いつも私に言ってました。だから何かあるとよく私を連れてあの神社に行ってたんです」
母親の話をするときの由美はいつもどこか寂しそうで、父親の話をするときの由美はいつも楽しそうだ。そんな由美は私を見てニッコリと笑った。
「それが、私が映子さんと出会えた理由です。お父さんとお母さんのおかげなんですよ」
その由美を見て、由美がお母さんがなくなってしまってからも何度も神社に足を運んでいただろうこと、象山さんと母親不在の家庭を明るくやってきたこと――を想像して、私は由美を抱きしめたくなった。そしてロクに話もせずに東京に閉じこもっている自分の情けなさを痛感する。巡り合わせとはいうものの、こんな私が、どうしてあの神社にたどり着けたんだろう。もったいない。でも、いつまでもそのままの私でいるつもりもない。
「巡り合わせって、不思議やね」
公子が言った。私もそう思った。
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