第18話
あいよーっと返事がして、すぐにジョッキが二つテーブルの上に置かれた。私はやけど寸前の口内をアルコールで冷やす。……うめえ。白い髭を生やして言う。
「いやぁ、誰もが言う言葉だけど、このために生きてるって感じだね」
由美ちゃんはもんじゃをつっつきながら言った。
「結局アルコール頼んじゃうところがハミちゃんらしいです」
体重を気にして今日は飲まないと宣言していたのだが、こんなにビールにあう食べ物を目の前にして我慢できるほど、私は優れた人間じゃない。だから当然だとばかりに言う。
「たとえ日本にいたとしてもね、サタデーのナイトにはフィーバーしなきゃいけないんだよ?」
私が再びジョッキを傾けると、由美ちゃんがもんじゃを口に入れてニッコリ笑う。
「踊りますか? 私はいつでもオーケーですよ」
私は由美ちゃんがニューシネマを観ていることを意外に思うと同時に、酔っ払った由美ちゃんに道の真ん中でぐるぐる回されたことを思い出した。はがしにもんじゃを焼き付けながら言う。
「由美ちゃん、前みたいにべろべろにならないでね。由美ちゃんは酔っ払うと変なノリになっちゃうみたいだし」
私がそう言うと、由美ちゃんは傾けていたジョッキを机の上にどんと置いて、私を見る。
「私はね、酔ってなかったんですよ。――そりゃ、多少は酔ってましたけど……」ちょっとうつむく。「ただちょっと、なんというか、ハミちゃんのお
私は顔を赤くしている由美ちゃんを見て、ぽかんとしてしまう。
え? 酔ってなかったの? 私の家に来るために頑張っちゃったって……めっちゃ可愛いじゃん。
「由美は可愛いなぁ」
私はだらしない顔でオヤジみたいな言い方をして、由美ちゃんの頭を、髪の毛をすくように撫でる。由美ちゃんはほっぺたを膨らませて、キューブリック映画みたいに私を凝視する。
「ハミちゃんの意地悪」
由美ちゃんの
今度は私のほうからはがしを差し出すと、由美ちゃんは膨れ面のまま、だけど素直にそれをぱくっと口に入れてくれた。もぐもぐしている。私はそんな由美ちゃんを見つめながら言った。
「由美ちゃんってさ、今まで恋人とかいたの? そんなに可愛いと引く手あまただったでしょ? いたなら白状しなさい」
私より先に、こんな楽しい時間を由美ちゃんと共有した人間がいるのなら、私は嫉妬に狂ってしまうかもしれない。私が訊ねると、由美ちゃんは慌てて両手をひらひらと振った。
「そんなことないですよ! 私なんて、教室の片隅にちっさくなってましたもん」
思いがけず、やたらと慌てているので、私は由美ちゃんの瞳を覗き込む。
「ほんとに? 怪しいなー、私みたいなのはいなかったの?」
怪しんでいることをこの上なく感じさせるようにそう言う。――すると後ろから知らない人の声がした。
「ちょっとちょっと由美ちゃん、さっきから見てたら、そのお姉さんと仲良すぎじゃない? もしかして由美ちゃんってそっちの人? 落っこちきった? あんまり仲良いと、おばさん、勘違いしちゃうわよ?」
店のおばさんがからかうように言ってきたようだ。
そっか、由美ちゃんは常連さんなんだもんな。――というかよく見たら、周りの目が私たちに集まっている。そりゃそうか、こんなに密集した店内だと会話は筒抜け……私は文字通り、周りが見えていなかったようだ。
うーん、アホなカップルそのものになっとった。いかんいかん、私が男だったとしてもよろしくない。というか、由美ちゃんの
私はそーっと振り返って、にやにや笑っているおばさんにぎこちなく笑ってみせる。……いや、ここではっちゃけないと不自然か? と、思っていると由美ちゃんが言った。
「もう、おばさん! 前に言ったのに、今度私をからかったら怒るよって」
言葉とは裏腹に、その声には柔らかさがある。おばさんもそれを笑い飛ばす。
「はいはいごめんごめん。でもね由美ちゃん、可愛い由美ちゃんと美人なお姉さんが仲良くしてたら、ちょっといけないものを見てるような気になるよ?」
隣の席の酔っ払いたちもうんうんと頷いた。なるほど、由美ちゃんはこの店で有名な可愛い女の子なんだろう。それに対して私は異邦人もいいところ。そりゃ目立つかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます