第16話

 翌日の朝は、もう何もかもが変わっていた。

 まだ部屋を出るには早すぎるから、私はまた鏡の前に立った。ぱっちり二重ふたえにショートカット、形の良い鼻と小さな口――明らかに美しくなっている自分に溜息がでる。浜映子二十四歳、鮮烈の芸能界デビュー!――そんな見出しが目に浮かぶほどだ。鏡にもっと近づいて、鏡の向こうの自分に顔を寄せる。向こうの私はウルトラセブンのアンヌ隊員になって、こっちにウインクを飛ばしてくれる。


「よし、行こう私」


 コートを羽織って部屋を出る。いつもより早い朝の道は、目に映るもの全てが新鮮だった。ようやく肌寒くなってきて、今か今かと出番を待ちわびていた秋服たちが誇らしげに胸を張っている。行き交う人たちを見ながら、私は楽しくて鼻歌を歌う。駅まで歩いて、電車に乗って、がたごと揺られて、電車を降りる。いつもはそのままバスに乗るけど、今日はまだ早かったから、職場まで歩いて行くことにしよう。だってせいぜい三十分くらいだ。


 毎日見ているのに一度も踏んだことのない地面だから、脚を動かして前へ進むだけなのにわくわくする。るんるんする。デパートの従業員入口から中へ入ると、馴染みの警備員さんの姿があった。


「おはようございます」


 挨拶すると、にっこり笑顔で返してくれた。由美ちゃんに出会うまではこんなことも知らなかった。


 それからの私は仕事に打ち込むことができるようになった。職場と家――それ以外にもうひとつ、大切な由美ちゃんという世界ができたのだ。今まで仲良くなろうとも思わなかった、どんなことを考えているのかも別に知りたくなかった同僚や先輩の考えがわかるような気がして、誰かを好きになるということと、それに付随する個々人の話にも関心が持てるようになった。どうしようもない話、私は由美ちゃんに「好き」と言ってもらえて今さらようやく、他人のことを思えるようになったらしい。今まで私は、周りの人たちを見ていると自分が否定されるような気がしていたから。

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