第13話
私が心を落ち着けるべく奮闘していると、由美ちゃんがダイヤルを回しながら言った。
「ハミちゃん、実はうちにはルールがありまして、お泊りするときは、私の声と、私の友達の声と、それから友達のお母さんの声を電話で聞かせなきゃいけないんです」
……え?
「なので私が電話したら、一人二役でお願いします」
由美ちゃんはあっけらかんとそう言い放った。
いや、待て。いやいやいや待て待て待て! なんちゅうことを言うんだ、このコは!
「もしもし、お父さん?」
って、もう繋がってるし! 一人二役なんてできっこないから!
「うん、今晩はね、お友達の家に泊まらせてもらうことになったの。……女の子だよ? うん、かわるね」
由美ちゃんは「お願いします」という目を私に向けて、私に受話器を差し出す。
私はしばらく両手でばってんを作って、小さく「ムリムリ」と言ったのだが、由美ちゃんがお構いなく受話器を差し出し続けるので、意を決してそれを受け取って、耳に添えた。手汗が凄い。
「もしもし……
ぱっと思いついた名前を名乗る。誰やねん。偽名で名乗る必要はなかった気がする。
「――神宮寺です。今夜、娘がお世話になるみたいで、どうも申し訳ありません」
マカロニウエスタンの吹き替えみたいな渋い声だ。別にだからといってどうというわけではないはずなのだが、緊張が高まる。だって低い声って怖いでしょ?
「は、はい……。きょ、今日は由美ちゃんをお預かりします。私、女の子です……よ?」
何言ってんだ私! 声を聞けばわかるだろ!
「……女の子? あ、由美のお友達かな?」
あ、やばい。対応が小学生に対するものみたいになってる。
「あ、あの、お母さんに変わります」
私は自分の発した失言を恐れるばかり、誤魔化すように電話をかわる――演技をする。そうすることで考える時間を作る。しかしここにきて気がついた。由美ちゃんのお父さんの声を聞くまでは、高い声で子供っぽさを出そうと思っていたのだけれど、緊張していてそれを忘れていた。いきなり地声で話してしまい、私の声色にはこれ以上低い『お母さん』っぽいそれはない。どうしよう……やっぱり一人二役なんて無理なんだよ! まて、落ち着け! 何もお母さんの方が声が低いとは限らないじゃないか。
私は受話器を右手から左手に渡して、話し手の交代を演出する。
「お電話かわりました。須美の母でございます」
高いところにある高級住宅地に住む小金持ちの主婦。そんな感じを意識した。声はさっきよりも高くして、だけど落ち着きで年配を感じさせられるように――頑張った。
「…………由美の父です。今晩は娘をよろしくお願いします」
やった! うまくいった!
少しの間沈黙があったのでハラハラしたが、どうやらうまく騙すことができたようだ。騙すっていうと心が痛むのだが。
「由美は今どうしてます?」
え、どうしてるって? そういうこと聞くなら、事前に質問の内容を教えといて――って何言ってんだ私、動揺しすぎだ。とりあえずテレビをつけてみよう。
「娘と二人で『スクール・ウォーズ』を観てますわ」
たしか始まったばかりの青春ドラマだ。
「そうですか。うちの娘、ダース・ベイダーかチューバッカのモノマネしてるでしょ? 迷惑かけてなきゃいいんですが」
私は困惑する。由美ちゃんって、そういうこともやるんだ。チューイの真似は見てみたい。
「いえいえ、『スター・ウォーズ』じゃなくて『スクール・ウォーズ』ですのよ?」
なんで私がこんな訂正をしなくちゃいけないんだろう。そして何を間違ったのか、今の口調――ですのよ――って……。
私は少しの間、作った声とキャラクターで言葉を交わして、それからやっと電話を切った。
ふう、汗だくだよ。でも意外に私って、女優の才能があるのかも。なんてね。
そう思って、仰向けにその場に倒れる。疲れた。まったく、何やらせるのよ。
「というか由美ちゃん! 無茶振りにもほどがあるよ!」
私が非難の言葉を発して身体を起こすと、由美ちゃんは部屋からいなくなっていた。
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